廃墟の風景

碓氷峠鉄道遺構

2010/11/5
PENTAX K10D,K-7
 

信越本線の横川〜軽井沢が開通したのは明治26年(1893)、明治44年(1911)には電気機関車が投入された。大正10年(1921)には全面電化されトンネル内での蒸気機関車の煤煙から解放された。昭和38年(1963)に新線が開通し、やがて50年になろうとしている。

碓氷峠名物・力餅の玉屋近くの第1トンネルから第6トンネル前までが遊歩道となっていて、約40分。現在、第6トンネルから先は通行禁止であるが、国道を軽井沢方向へ進むと、ところどころで橋やトンネルを見ることができる。
信越本線新線が長野新幹線の開通によって完全に廃墟となったが、ここは人々が行きかう明るく美しい廃墟である。
 

第1トンネル・横川側。

第1トンネル・軽井沢側。
 

第2トンネル・軽井沢側。

第2トンネルを出ると左手に碓氷湖が見える。
 

第3トンネル・横川側。

第3トンネルから第4トンネルを見る。
 

第3トンネル・軽井沢側。苔むしたトンネルは風雪に耐えた味わいがある。
 
第11カルバート。径間4.57m以下の橋をカルバートという。
第5トンネル内。
 
 


第3橋梁、通称めがね橋。4連の煉瓦造りアーチ橋、長さ91m、高さ31m。
 

第6橋梁。長さ52m、高さ17m、第3橋梁に次ぐ大きさ。

廃墟の風景