廃墟の風景

魚梁瀬やなせ森林鉄道跡

2013/9/10
EOS 5D/24-105
参考サイト 魚梁瀬森林鉄道Webミュージアム
   
「日本三大美林」の一つといわれる魚梁瀬杉を搬出するために敷設されたのが魚梁瀬森林鉄道である。明治44年(1911)に安田川林道本線(馬路〜田野)に軌道を敷設してトロリー運搬を開始したのがはじまりで、大正6年(1917)に安田川線が開通し、昭和8年(1933)に奈半利川線が開通した。

昭和32年(1957)、魚梁瀬ダムの建設に伴い森林鉄道の廃止が決定、昭和38年(1963)、軌道の撤去が完了し森林鉄道は終焉をむかえた。ダム建設による水没をまぬがれた釈迦ヶ生(うえ)以南には、隧道や鉄橋などが残っていて、うち18か所が国の重要文化財に指定されている。

(1)エヤ隧道(安田町)
(2)バンダ島隧道(安田町)
(3)オオムカエ隧道(安田町)
(4)明神口橋(安田町)
(5)釜ヶ谷桟道(安田町)
(6)釜ヶ谷橋(安田町)
(7)平瀬隧道(馬路村)
(8)五味隧道(馬路村)
(9)落合橋(馬路村)
(10)河口こうぐち隧道(馬路村)
(11)犬吠橋(北川村)
(12)井ノ谷橋(北川村)
(13)堀ヶ生ほりがお橋(北川村)

(14)二股橋(北川村)
(15)小島橋(北川村)
(16)立岡二号桟道(田野町)
(17)八幡山跨線橋(田野町)
(18)法恩寺跨線橋(奈半利町)

安田から県道12号線に沿って魚梁瀬まで行き、南下して国道493号線に沿って奈半利を経由して安田へ戻った。探索には約6時間半を要した。

文化財の詳細については、
魚梁瀬森林鉄道Webミュージアムをご参照いただきたい。
 
                      文化財の説明が刻まれているプレート
   
(1)エヤ隧道(安田町)
県道12号線の別所集落から安田川を渡った対岸の町道にある。
このあたりから細い道が安田川に沿って5kmくらい続いているが、森林鉄道跡地を町道として使用しているようである。

隧道西口。

全長は33mほどであるが、安田川に沿って緩やかにカーブしている。


壁には「T」の刻印。
明治44年(1911)に建造された隧道には、川下から順に番号がつけられている。この隧道は一番川下にある。


隧道東口。アーチ中央の五角形の盾形の要石が印象的。
   
(2)バンダ島隧道(安田町)
エヤ隧道から2kmほど進んだところにある。町道はほとんど車が通らないのかコケが生えていて少しすべる。
左手はガードレールがなく、すべれば崖から落ちる。Uターンできそうなスペースがあったので、車を置いて隧道まで少し歩いた。

隧道西口。右手には立派な翼壁が残っている。


隧道をぬけるとぱっと明るくなり、安田川が見える。

隧道東口を振り返る。
   
(3)オオムカエ隧道(安田町)
小川という集落でオオムカエ隧道をぬけて明神口橋を渡る。

隧道西口。

隧道をぬけると赤い明神口橋が見える。
   
(4)明神口橋(安田町)
大正元年(1912)に木造で建造されたが、機関車の導入に伴って、昭和4年(1929)に現在の鉄骨トラス橋に架け替えられた。

緑の中で赤が映える。

橋の下は清流安田川。
   
(5)釜ヶ谷桟道(安田町)
当初は木造トラス橋だったが、機関車の導入を期に、昭和2年(1927)に
石造アーチ橋に架け替えられた。島石ピクニック公園の北にある。
(6)釜ヶ谷橋(安田町)
釜ヶ谷桟道のすぐ北、安田川の支流に架かっている。木造トラス橋だったが、大正15年(1926)、現在にプレートガーター橋に架け替えられた。

アーチ橋は県道下に埋没している。

下を見ると、擁壁は石造りだった。
    
(7)平瀬隧道(馬路村)
平瀬の渕とよばれる付近のカーブした地形を横断する形で隧道が掘られている。西口はがけ崩れが発生していた。

隧道東口。
 
 
平瀬の渕
   
(8)五味隧道(馬路村)
県道12号線と馬路温泉への町道の分岐点付近にあり、隧道西口にはガーター橋の軌道跡も残っている。
    

馬路温泉近く、かつての馬路駅付近には、森林鉄道を模した観光列車が走っている。
   
(9)落合橋(馬路村)
馬路温泉の少し先にある鋼鉄製の桁橋で、大正14年(1925)の建造。
(10)河口こうぐち隧道(馬路村)
町道から県道への連絡道として使用されている。大正4年(1915)建造。
    
(11)犬吠橋(北川村)
奈半利川の支流・犬吠谷川にかかる。木造を大正13年(1924)に架け替え。
(12)井ノ谷橋(北川村)
奈半利川の支流・笹ヶ瀬谷川にかかる。大正13年(1924)に架け替え。
    
井ノ谷橋は県道12号線から県道54号線へ入り、すぐ先で右手の道を下ったところにあり、奈半利川に沿った道が尽きるところに魚梁瀬ダムがある。
魚梁瀬森林鉄道跡もダムの下で尽きている。
      

右下あたりが森林鉄道跡の最終地点。

展望所に、昭和8年(1933)吉井勇が馬路村魚梁瀬で詠んだ歌碑。
                                                                大土佐の 杉の年の輪 見るほどに おのずからなる 力湧き來ぬ
     

魚梁瀬付近の森林鉄道跡は貯水池の中。

魚梁瀬には森林鉄道を復元した軌道がある。
   
(13)堀ヶ生ほりがお橋(北川村)
県道12号線へ戻って南下する。奈半利川にかかるコンクリートアーチ橋は昭和16年(1941)の建造。

清流に弧を描く姿はとても美しい。

橋の中央に待避所。むこうにはコンクリート製の隧道がある。
   
(14)二股橋(北川村)
県道12号線から国道493号線へ入る直前にかかっているコンクリート2連アーチ橋で、昭和15年(1940)の建造。
   
(15)小島橋(北川村)
トラスとガーターを組み合わせた橋で長さ143m、魚梁瀬森林鉄道最長の橋。昭和7年(1932)の建造。
   
(16)立岡二号桟道(田野町)
立岡から分岐して奈半利貯木場へむかう路線にあり、農道や田畑をなどをさけるために桟道が設けられた。
両端は石積みで、本体はコンクリートガーター橋。昭和8年(1933)の建造。
   
(17)八幡山跨線橋(田野町)
八幡神社の参道として造られた跨線橋。昭和8年(1933)の建造で現在も参道として使用されている。
   
(18)法恩寺跨線橋(奈半利町)
三光印から南の旧道へむかう跨線橋。昭和8年(1933)頃の建造の石造アーチ橋。現在も歩道として使用されている。

廃墟の風景