平家物語への旅 安宅関 05/10/19 平家物語への旅次へ
 

「勧進帳」の名場面を再現した銅像。右手の富樫が木の陰になっている。

関跡にたつ与謝野晶子歌碑。
「松たてる安宅の砂丘其の中に 
 清きは文治三年の関」

安宅関跡入口。


安宅関跡の碑。
  

義経一行の山伏姿は関守冨樫に疑いをかけられ、弁慶との問答となる。弁慶は東大寺復興勧進のため諸国を廻る僧と称し、勧進帳を空読みする。弁慶の機転により一時は難を逃れたかに見えた。

ところが、強力姿の義経が関守の目にとまり、義経公に似ていると、とがめられる。弁慶はその疑念を晴らすために、金剛杖を持って、強力のくせに義経に似ているとは何事かと、義経を打ち据える。これには冨樫も驚き、また、義経の一行であると確信するが、弁慶の主君を思う心に打たれ、関の通過を許す。


・・・・・・・ 空読みされた勧進帳の内容 ・・・・・・・
それつらつらおもんみれば、大恩教主の秋の月は涅槃の雲に隠れ、生死長夜の永き夢、驚かすべき人もなし。

ここに中頃帝おわします。おん名をば聖武皇帝と名付け奉り、最愛の夫人に別れ、恋慕やみがたく涕泣眼にあらく、涙玉を貫く思いを善路にひるがえし、上求菩提のため廬遮那仏を建立す。

しかるに去じ治承の頃焼亡しおわんぬ。かほどの霊場の絶えなんことを悲しみて、俊乗坊重源勅命をこうむって諸国に勧進す。一紙半銭奉財の輩は、現世にては無比の楽を誇り、当来にては数千蓮華の上に座せん。帰命稽首敬って申す。
 

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