平家物語への旅 福原 07/12/8 平家物語への旅次へ

治承4年(1180)6月、平清盛は福原への遷都を断行した。京都での政治的基盤が大きく揺らぎはじめていたことや、それまでしばしば訪れていた福原を宋との貿易拠点に仕上げることが目的であったとされている。しかし、あまりにも急ごしらえだったため、わずか5ヶ月で再び都を京都に戻した。

能福寺 
兵庫大仏で知られ、清盛が剃髪出家した寺である。十三重塔を中心とした平相国廟は清盛800年忌に建てられた。
 

来迎寺(築島寺) 
清盛が日宋貿易のため海を埋め立て経ヶ島を築く時、人柱となった17歳の松王丸の菩提を弔うために建立された。境内には、松王丸の墓、清盛の寵愛を受け後に嵯峨野の祇王寺で尼となった白拍子の姉妹、祇王祇女の墓がある。

松王小児入海之碑と松王丸の墓。

祇王祇女の墓といわれる五輪塔。

大輪田橋 
清盛が築いた港・大輪田泊にちなんで命名された石造りの大輪田橋が新川運河にかかっている。
阪神淡路大震災で親柱が崩落したが、橋自体には大きな損傷はなく、その美しい姿を見せている。大輪田橋は大正13年(1924)建造。

清盛塚 
塚と伝えられてきたが、大正時代の調査で墳墓ではなく、供養塔であることが分かった。

弘安9年(1286)の銘を持つ十三重の石塔。右に昭和47年(1972)建造の清盛像。

平敦盛の兄で琵琶の名手経正の琵琶塚。

薬仙寺 
清盛が後白河法皇を幽閉した萱の御所跡とされている。

境内にひっそりと建つ萱の御所跡碑。

境内左手にある大きくて美しい六地蔵。
 

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