平家物語への旅 小松島・大坂峠 08/6/1,2,6 *istD 平家物語への旅次へ


小松島市旗山の義経騎馬像。
  

夜もすがらはしる走る程に、三日にわたる処をただ三時ばかりにわたりけり。二月十六日の丑剋に、渡辺・福島をいで出でて、あくる卯の時に阿波の地へこそ吹きつけたれ。

と平家物語には書かれている。元暦2年(1185)2月16日、源義経は渡辺の津(大阪市)から嵐の中を船出し、わずか6時間で四国に着いた。

6時間というのはかなり誇張されているが、義経が着いたのは徳島市南部の勝浦川の河口あたりで、少し南の小松島市に全員が終結したとされている。

ここから北上し、吉野川を渡り、標高270mの大坂峠を越え、屋島まで一昼夜で駆け抜けた。



  

源義経上陸の地の碑。18番札所恩山寺
近くにあるが内陸に入りすぎではないか。
  

義経軍が終結し士気を高揚させるために
源氏の白旗を掲げたとされている。
  

源義経が辿ったとされるルートには、このような看板が出ている。

 参考サイト源義経上陸の地小松島




  

現在の大坂峠は県道1号線が通っている。

大坂峠の旧道は第1番札所霊山寺へ続く遍路道。
義経の頃はもっと狭い道だったかもしれない。


大坂峠を越えた引田の馬宿にある海蔵院東海寺。
義経一行はここで休憩して陣を整えた。


東かがわ市水主みずしにある水主神社。
義経はここで戦勝祈願をしたという。
  

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