平家物語への旅 音戸おんど 2005/3/20 平家物語への旅次へ


東(右)から来た船は、瀬戸の南にある湾を通過し瀬戸を抜けて北(上)へ向かう。
  

平安時代の音戸の瀬戸は浅瀬で、満潮まで船待ちをするか、倉橋島沖を迂回しなければならなかった。1146年、安芸の守となった29歳の平清盛は、瀬戸の掘削工事を行った。

  

1184年に建立された清盛塚、
その上に架かる1961年開通の音戸大橋。

瀬戸を北側から見る。


歩行者・自転車のための渡し船。
幅90mの瀬戸を3分で結ぶ日本一短い定期航路。


音戸の掘削工事を急ぐ清盛は、日迎山(高烏)の岩上に立って西に沈む太陽を扇で中天へ招き返したという。
高烏台公園にはそのときの清盛の姿を描いた日招き像があり、近くの日招き岩には清盛の足跡といわれるくぼみがある。


日招き岩から音戸の瀬戸を見る。見えている赤い橋は2013年に開通した第2音戸大橋で、別名日招き大橋。
2016/3/10 K-7


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