平家物語への旅 須磨 05/11/11 平家物語への旅次へ

須磨寺
須磨寺は源平ゆかりの寺で、源平にちなんだ様々なものがある。宝物館には、弁慶が担いできて陣鐘にしたという釣鐘があった。
敦盛ゆかりの青葉の笛も見たかったが、展示されていなかった。
また、ここは自由律の俳人
尾崎放哉が、1924年・39歳のときに大師堂の堂守として一時滞在した寺でもある。

一ノ谷の合戦での平敦盛と熊谷直実の一騎討ちの場面を再現した「源平の庭」

義経卿腰掛松は枯れ木。


敦盛首洗い池。尾崎放哉句碑「こんなよい月をひとりで見て寝る」


敦盛の首塚。

一ノ谷
「鵯ひよどり越えの坂落し」により一ノ谷の合戦ははじまるが、鵯越という地名は一ノ谷よりもかなり東に残っている。
鵯越とは特定の場所を差すのではなく、山々を鵯のように越えるこのあたり一帯を差すのではないか。
義経は六甲連山を乗り越えて、標高234mの鉄拐山てっかいさんの急坂を駆け下り、一ノ谷へ攻め入ったのではないか。
標高253mの鉢伏山山頂から。あいにくの天気でもやっている。

左手に六甲山地の山並み、右下が一ノ谷、正面の木に隠れたむこうに鉄拐山がある。

 


須磨浦公園東側の松林の中にたつ「戦の濱」碑。


一ノ谷二丁目の住宅地にある安徳帝内裏跡伝説地。

須磨浦公園

敦盛塚。1286年、平家一門供養のため北条貞時が建立。

芭蕉句碑「蝸牛角ふりわけよ須磨明石」1936年建立。
  

一の谷合戦のヘッドマークが付いたケーブルカー。
  

山陽電車須磨浦公園駅の上にロープウェイの駅がある。
  

須磨浦ロープウェイから見た紅葉。

鉢伏山頂の回転展望台屋上から見た山陽本線。
  

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