赤間関街道

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中道筋(1)旭村明木〜美東町大久保台 04.9.11
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赤間関街道には、萩から山間部を下関へ至る中道筋、萩から長門海岸沿いを下関へ至る北浦道筋、北浦道筋の途中から山間部へ入り中道筋と合流する北道筋、という三つの街道があった。中でも中道筋は最も重要な街道で、北部では萩往還と合流し南部では山陽道と合流している。萩から旭村明木までは萩往還下関市吉田から赤間関までは山陽道と重複するので、ここでは旭村明木から下関市吉田までに限定して掲載した。
(C)山口県庁
 
    
●明木(あきらぎ)
旭村の明木で萩往還と中道筋は分かれる。萩往還は一升谷への山越えとなるが、中道筋は野を行く。萩往還、中道筋ともに「歴史の道百選」に選ばれている。萩往還は特に萩〜山口がよく整備されているが、中道筋は萩往還に比べると整備がほとんど進んでいない。
 

明木の町並み

萩往還との分岐。正面が萩往還、右が中道筋。

●横瀬
国道沿いを南下した中道筋は、角力場から県道沿いに進み、横瀬からは県道を離れ雲雀山への峠道に入る。
                                      

旧明木村立図書館(明治39年、登文)

入口の鬼瓦には校舎の文字。

横瀬山下一里塚跡。

●雲雀峠
横瀬から峠道に入った中道筋は雲雀山で県道と合流する。雲雀峠の頂上付近がかつての村境で、現在は旭村と美東町の境界。峠を下る途中の二反田で国道と合流し、小野から絵堂までは国道付近を南下している。小野の地名があるように、このあたりは小野小町伝説の地である。
                                      

「阿武郡明木村 美祢郡赤郷村」

小野小町歌碑。

小町手洗いの池。標識がないので定かではない。
 

●絵堂
絵堂で国道と分かれ峠越えの町道に入る。
                                               

左が国道、右が絵堂宿があった旧道。

明治維新の導火線となった大田・絵堂戦役の記念碑。

●下の垰(しものたお)
絵堂と長登との境にあるのが下の垰。中道筋はここから右手に分かれ山中を秋吉台へ入ってゆく。
                                  

「右せき道 左大田道」

旧道をゆく。

土地が垰の十字路。左は小野田へ、右は仙崎へ。

●大久保台
台山で町道と合流しカルスト台地の三角原へ、県営育成牧場付近を通ってしばらく行くと右へ赤間関街道の標識が立っている。ここからはゆるやかな下りの山道。おとずれた日は大型台風が通過した後で、道は落下した葉や小枝でおおわれ、ところどころで街道をふさぐように木が倒れていたため、一里塚跡、石畳、駕篭建場跡を見ることができなかった。この道はもう一度歩いてみたい。
                                   

町道から右へ。中央の白いものが標識。

道には木が倒れ、標識もうずもれていた。
 


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