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秋月街道

大隈〜秋月街道と日田街道が交差する 2003.7.2
E-100RS
    


民謡「黒田節」でおなじみの母里太兵衛の菩提寺・麟翁寺。
山門は、益富城の搦手門を移築したもの。


街道沿いの民家。又兵衛饅頭と京染めの店。


筑前の国一の宮・北斗宮の拝殿には、たくさんの絵馬が奉納され
ている。幕末の安政6年に奉納された絵馬は、柴田勝家が羽柴秀
吉(のちの豊臣秀吉)に足腰をもませている絵だそうだ。

大隈の町の起源は、北斗宮の門前市が発展し、三日町、五日町、九日町というような小字で示されるように、全体が市の開かれる町となった。

江戸初期に町割が行われ、益富城の城下町として整備された。益富城廃城後も宿場町として栄え、酒や醤油等の醸造業が発展した。残っている古い家屋は商家が多く、江戸時代後半から近代のもの 。



玉の井酒造の路地。


梅ヶ谷酒造の煙突が見える風景。


田川市と山田市の境界に立つ国境石。
かつては、豊前と筑前の国境であった。
2003.7.9 E-100RS


大隈宿に入る手前に原町の国道沿いには、源為朝が馬を休めた、
という大岩がある。「為朝岩」と呼ばれている。
2003.7.9 E-100RS