
1865年建造の大屋家の門。
貝原益軒も宿泊したと伝えられているが、今は無住。

宿場茶屋・そば処。かつての稼業は「ろう締め」というが
「ろうけつ染め」のことだろうか?

約200年続いている味噌・糀の店。
|
江戸初期に宿場町として整備された千手は、本町と横町から成る。国道から東へ千手小学校の通学路が本町。本町通りの角には幕末に建てられた元庄屋大屋家があり、ケヤキの門には筑前竹槍一揆の傷跡が残っている。
大屋家を見ながら西へ折れると横町で、再び国道に出る。国道沿いには古い民家もあり、現在そば屋さんを営んでいるのが大屋家の分家。
大正時代の千手の地図はこちら。

横町の双体恵比寿(1728年作)

かつては料理屋だったそば処「道草庵」。
筑前名所絵図を模写した板絵が掲示されている。 |