豊後街道

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(4)久住〜鶴崎 07.5.25
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●境川
久住宿から東へ進み、やがて境川を渡る。ここは肥後藩と豊後岡藩の国境。国境には2基の石橋が残っている。
豊後街道にかかる境川古橋は文政年間(1820年代)の建造、町道にかかる境川橋は昭和14(1939)年の建造。
    

町道にかかる境川橋から豊後街道にかかる境川古橋を見る。

町道にかかる境川橋。

●今市
豊後街道は山間部をひたすら北東へ進み、岡藩の宿場今市に達する。市町村合併によって、ここはすでに大分市内。

今市に残されている石畳の全長は660m、道幅は8.5m、中央の石畳は幅2.1m。
    

南端に丸山八幡宮があり、宿場の中央は鍵曲がりになっている。

丸山八幡宮の楼門は享保5(1720)年建造で、大分市指定文化財。

●矢貫
北東へ進んでいた豊後街道は真東へ向きを変え、再び北東へ向きを変えると矢貫に達する。
    

矢貫の石橋は一枚岩の石橋。
かつて、この上を参勤交代の行列も通った。


この先の峠に石畳が残っている。
2018/4/18 K-5Us

●野津原
矢貫の先で国道と合流するとすぐに野津原宿。豊後街道は、国道の少し北を通っている。
    

宿場の入口近くにある福城禅寺には石造仁王。

御茶屋跡付近に建つ野津原神社(加藤清正を祭る加藤神社)。


日蓮宗法護寺は加藤清正ゆかりの寺。境内には清正公殿がある。


民家前に残る道標。

七瀬川から大分川 へ
野津原宿のはずれにある恵良の集落で七瀬川を渡り東へ進む。
七瀬川を3度渡ると七瀬川は大分川と合流し、豊後街道は大分川の土手を北へ向かう。
    

恵良の七瀬川の渡し付近。

大分川の土手を行く道は「ひごどんみち」とよばれた。

鶴崎
日豊本線をくぐると大分川から離れ東へ方向を変える。乙津川を渡ると豊後街道の終点・鶴崎。
ちなみに大分では豊後街道とはいわずに肥後街道といい、鶴崎は肥後街道の出発点。
    

堀川公園にたつ船着場跡の石碑。
参勤交代の一行はここから船で瀬戸内海を往復した。

毛利空桑記念館に展示されている鶴崎御茶屋の模型。

毛利空桑の塾跡。空桑は幕末の儒学者・教育者。

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