日向往還

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(1)熊本市 2011/11/13
K20D
                                              
日向往還は熊本市札の辻から宮崎県延岡市に至る街道である。
宮崎県側が資料が少ないので、熊本県側の薩摩街道との分岐点付近の御船口から山都町の馬見原までたどった。

●御船口
御船口にはお堂があり、お堂の前に道標、お堂の中に地蔵が安置されている。
道標には
右みふね 左こしのおと刻まれている。
                                               
五代細川綱利公の頃、城下に貧しい鍛冶職の親子が住んでいた。父七左衛門は生来の大酒飲みの上怠け者であったが、子供は評判の孝行息子であった。

貞享3年(1686)1月4日、酒のことで腹を立て、息子に向って投げつけた火吹竹が表を通りかかった武士・大矢野源左衛門に当ってしまった。当時10歳足らずであった息子の必死の哀願もきき入れず七左衛門を斬りすてた。

悲嘆やるかたなく仏門に入り名を放牛と改め、30年間の修行ののち、享保7年(1722)から10年間に
地蔵、阿弥陀、観音、釈迦、薬師など107体の石仏を建立して父の菩提を弔った。これらの石仏は放牛石仏とよばれている。御船口の地蔵はその53体目の石仏である。


●田迎
御船口から日向往還は県道104号線に沿って南下する。
国道57号線と交差する手前に田迎小学校があり、校門前に1体目の放牛石仏がある。
これから先、日向往還は嘉島町を通り抜け、御船川沿いを進んで御船町に入る。
                                                   

真新しい御影石の説明板。
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