石見銀山街道

(1)大森〜九日市

参考図書:杉原耕治著「文学歴史紀行 銀の道ものがたり」(山陰中央新報社)
参考サイト:銀の道ツーリングマップ
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2015/5/30 K-7

石見銀山で採掘された銀は、戦国時代までは近くの鞆ヶ浦や温泉津から船で積み出されていた。
江戸時代からは、危険な日本海側の海路での輸送をやめ、中国山地を越えて尾道へ出るルートが利用されるようになった。

銀の輸送は常時行われたわけではなく、年に一度晩秋の頃に、牛馬約300頭に積まれて大掛かりな輸送が行われた。
銀山街道は中国山地の木炭や木材を銀山へ運ぶ道でもあったが、通常は陰陽を結ぶ普通の街道だった。

大森から尾道まで約130km、当時は3泊4日で歩いた。1日の歩行距離は約32km強、当時の里程で8里である。
なお、島根県では銀山街道、広島県では出雲街道とよばれているが、ここでは石見銀山街道または略して銀山街道という記述で統一している。


                                                                                                                                                                                                                                                                       出雲と備後の国境・赤名峠
大森は何度も訪れているので、荻原から銀山街道の旅をはじめた。 関連ページ  大森銀山 
大森を歩く  銀山地区を歩く

●荻原
県道31号線の石見銀山トンネルの400mほど南の県道沿いに、「梅と瓦の広場」という小公園がある。
公園のすぐ南から東へ入る道が、銀山街道の入口である。
入口には標識が全く出ていない。大田市内は他地区に比べて極めて案内標識が少ない。


県道31号線から分岐する銀山街道入口。農道と合流し1kmほど進むと峠。


振り返れば大森の山。中央付近が銀を産出した仙ノ山(標高537m)。

峠を下ると荻原の集落がある。ここには銀の輸送の荷継ぎ場があり、本陣も置かれ、「荻原千軒」といわれにぎわった。


荻原の町並み。


町はずれにある祠。右へ昔ながらの山道を進む。

再び農道に出る。大森から2里のところにあった「箱茂(はこも)のお松」は枯れていた。
農道が県道186号線と斜めに交差する。狭い県道186号を少し進むと井戸平左衛門の頌徳碑と米とぎ橋がある。

井戸平左衛門は第19代大森代官で、石見地方が大飢饉に見舞われた時に、薩摩藩から持ち帰ったサツマイモを栽培して領民を救った。
井戸平左衛門は親しみをこめて「いも代官」とよばれた。銀山街道には、13か所に井戸平左衛門の頌徳碑があるという。


左が井戸平左衛門の頌徳碑、右は地元の名医・森積謙隆のもの。


銀山街道は、米とぎ橋を渡って田んぼの中の道を進む。

●やなしお道
農道と交差して県道291号線を少し南へ進むと、石見銀山街道「やなしお道」の入口がある。
入口にある説明板には、ここから反対側の「やなしお坂登り口」まで6.7km、徒歩150分と書かれている。
アップダウンが少しあるが緩やかな下り坂で、最後のやなしお坂では急な下り坂となる。
山道を馬で銀を運ぶのは大変だっただろうが、リュックしか背負っていない筆者には楽な山歩きで、標準コースタームと同じだった。


やなしお道入口。民家の前を通って山中へ入る。


ここは美郷町。真新しい楕円形の道標が導いてくれる。

やなしお道には、懇切丁寧な道標と説明板が美郷町によって建てられている。
また、美郷町のホームページに掲載されている銀山街道ガイドブックがたいへん役立った。感謝申し上げたい。
銀山街道から少しそれるが、美郷町の湯抱(ゆがかい)温泉は柿本人麻呂と斎藤茂吉のゆかりの地で2009年にたずねた。→万葉の旅 鴨山


十王堂跡付近の竹林。分岐点には必ず茶色の道標がある。


茶屋跡。


入口から約20分、左手の視界が開ける。ここは茶縁原とよばれ、三瓶山の山並みが美しい。


林道と合流した先が七本槇という所でトイレがある。入口から約1時間。


やなしお道の中間点、大森から3里の一里塚。両側に土盛りが残っている。


荷置き石であるが、大名が座ったことから大名石とよばれている。


やなしお道最高地点、標高290mの再進坂峠。


ここにも荷置き石。


やなしお坂登り口。


江の川(ごうのかわ)の支流・尻無川の西岸を南へ
小原へ向かう。
上の写真は国道375号線から尻無川越しに、やなしお道が通っている山を見る。民家の向こう側を銀山街道が通っている。

●小原


小原本陣・波多野家跡。


前林家の鏝絵のある土蔵。鳳凰が描かれていて明治時代のものだそうだ。


石州瓦と白壁が美しい小原の町並み。

 
幕末に小原本陣を務めた林家。現在は旅館「亀遊亭」。

小原を出た銀山街道は江の川沿いの町道を進む。

●浜原
三江線が浜原トンネルに入るあたりから、岩壁を開削した町道は江の川沿いの崖道を進む。
銀山街道は岸壁に付けられた細い道で、「半駄が峡(はんだがかい)」とよばれていた。全長約800mのうち約300mが現在でも通行できる。


半駄が峡への登り口。


崖の下を町道が、その下を江の川が流れている。


上から見るとかなりの高度感がある。馬に積んだ荷物を半分にして人が抱えて通ったことから、「半駄抱え(はんだかかえ)」ともよばれている。

銀山街道は県道166号線に沿って進み、第1日目の宿泊地・九日市宿に着く。大森から九日市まで約7里。
大森を出発した銀輸送の一行は、やなしお道を越えた小原あたりで昼食をとり、夕方五つ時(午後8時頃)頃に九日市に着いたという。

●九日市


九日市本陣・原田屋跡付近。石垣は当時のものだろうか。


手作り感のある案内板。拡大画像はこちら


脇本陣・鍛冶屋跡(左手)付近から町並みを振り返る。前川のしだれ桜が道路の半分位まで垂れている。満開の頃はきれいだろう。