石見銀山街道

(4)甲山〜尾道

  ■Index
2015/11/16-17 K-7

●鳥越峠
甲山宿を出て、国道184号線に沿って南下し、鳥居峠を越えて宇津戸(うつど)へむかう。


旧国道の眼鏡橋。1908年建造。登録文化財。


鳥居峠を越えたすぐ先にある京楽の古道。

●宇津戸
宇津戸には奈良と大宰府を結ぶ古代山陽道の駅があったといわれている。
中世には大田庄の年貢を運ぶ道の駅として、江戸時代には銀を運び、出雲大社へ参拝する宿駅だった。


町並みの中程、道が直角に折れる角に観音寺がある。
石段の入口には古い道標がある。ここは甲山と上下の分岐点だった。 
左 甲山 石州はまだ道   右 上下 庄原 みよし   西域 雲州街道


観音寺から町並みを見る。


石造りの旧郵便局前から北を見る。一番奥に観音寺。


宇津戸から南下する道で見た風景。霧の中に宇津戸の家並みがかすんでいる。

●宇根の古道を越えて
宇根の古道への道には銀山街道の小さな標識があった。世羅町以南で銀山街道の標識を見たのはこの1枚だけだった。


半鐘を吊るす櫓と地蔵。


県道から分岐して、銀山街道は宇根の古道へ。


宇根の古道を越えた先で振り返る。右手の辻堂と常夜灯は圃場整理で移設されたもの。


11月なのに稲刈りが終わっていなかったが、気持ちのよい風景だった。


公文の集落のはずれに宇津戸への道標。 右 宇津戸道

●御調(みつぎ)
江戸時代、銀山街道と仏通寺越が交差する交通の要衝として栄えた。
現在は、国道184号線と国道486号線が交差している。町の中心部には、尾道鉄道の北の終点・市駅があった。


高尾の辻堂。


御調高校横の常夜灯。


町中にある昭和初期建造の旧市村郵便局。


町外れに、幕末の1847年に建てられた金毘羅大権現の常夜灯。

●畑の峠、槇ヶ峠を越えて尾道へ
銀山街道もいよいよ終点が近づいてきた。
山陽自動車道をくぐると、都会の雰囲気が漂う三成に入る。久しぶりに、コンビニやレストランがあるところに出た。


市原の四ツ堂と常夜灯。


光福寺への道標。


三成の六地蔵。


三成の常夜灯。

●尾道
三成から向ヶ峠(むかいがたおえ)を越え、国道2号線バイパスをくぐると、尾道水道までは1.5kmほど。


銀山街道が通っている長江の町並み。正面に、幕末の1859年に建てられた石の道標(長江の道標)がある。


右 天満宮道 左 いづも往来 八幡宮は御袖(みそで)天満宮ですぐ近く。


銀山街道は少しの距離、県道をそれるが、その曲がり角付近。
右手に進むと、左の写真の石の道標がある。



石の道標から南に少しくだると、畳問屋だった建物がある。


久保一丁目の丹花小路で見た金毘羅大権現の常夜灯。


小川町には、本陣の石の土台が残っている。


出雲街道起点の碑。薬師堂通りと中浜通りの交差点の角にある。
ここから大森まで約140km。車で行けば半日の距離であるが、当時は3泊4日をかけて銀を運んだ。


住吉神社は港の守護神。海のすぐそばにある。
2015年の5月に2日、半年後の11月に2日、計4日間をかけて、石見銀山街道を大森から尾道まで探訪した。久しぶりにとても楽しい街道旅だった。

銀山街道の旅には、杉原耕治さんが書かれた「銀の道ものがたり」という本が大変参考になった。

世羅町の大田庄歴史館・民俗資料館に立ち寄った際に、館内を案内してくださった方の話によれば、杉原さんは亡くなられたということだった。

杉原さんのご冥福をお祈りするとともに、「銀の道ものがたり」に感謝したいと思う。