羽州街道 Index Next
イザベラ・バードの足跡をたずねて(青森県) 2015/10/12-14
K-7  EOS 5D

豪雨の矢立峠を越え青森県に入った。碇ヶ関の宿で川の水位が下がるのを待った。
5日後、碇ヶ関を出発し、鯖石の追分から羽州街道をそれて黒石へ。
黒石から羽州街道へ戻り、鶴ヶ坂の峠を越えて、青森港から船で北海道へ向かった。


■碇ヶ関

私たちは最後の橋を渡って碇ヶ関に入った。
ここは人口八百の村で、険しい山と平川の間の狭い岩棚となっている。
平川は、一時間前までは単に深さ四フィートの清冽な谷川であったが、今や一○フィートも深くなっていて、
ものすごい音を立てながら、濁流となって突進していた。


平川にかかる朝霧橋から三笠橋を見る。バードは水深10フィート(3m)と書いているので、今の護岸でも街は浸水したであろう。
バードは川の水位が下がるのを待って、ここで4泊し、何もすることがなくて、1日3回、川の水位を確認しに行っていたという。

■鯖石
四人の男を雇って、橋が流されてしまった川を二つ歩いて渡ったが、困難な浅瀬で、私も荷物もひどく濡れた。
大きな平野に出た。そこには緑色の稲の波が、心地よい北風に吹かれ、日光を浴びながら遠くまで続いていた。
岩木山は雪の縞をつけて大きな円頂(ドーム)で、平野の四方に聳え立ち、五000フィートの高さがあると考えられている。

バードは羽州街道からそれて鯖石から黒石へむかった。したがって、弘前城下を通っていない。
現在の県道13号
線に沿った道を通ったではないかと思うが、鯖石を出て家並みが途切れると、広々とした田んぼの向こうに岩木山が見えてくる。


鯖石の追分道標。追分 右 黒石通 正面 碇ヶ関通 左 弘前通  バードは右へ進み、岩木山を見ながら馬車を走らせた。

■黒石
川のところまで苔の生えた立派な石段がある。
美しい橋があり、二つのすばらしい石の鳥居がある。
きれいな石燈籠があって、それから壮大な石段の急な坂を登って山腹を上がる。それは杉の並木で小さな神社に至る。
ここからほど遠くないところに神聖な木があり、それには愛情や報復のしるしがつけてある。

バード は黒石で6日ほどをすごした。
その間に中野神社に出かけているが、温湯(ぬるゆ)温泉にも立ち寄ったようである。
ただし、温湯温泉では風呂に入ったわけではなく、風呂場の見学をさせてもらったようだ。
バードは「壮大な石段の急な坂を登って」と書いているが、中野神社の本殿は平坦な場所にあり、石段を登ったところに神社はない。
「これほど私を喜ばせてくれたものを今まで見たことがない」と中野神社を絶賛している。
バードがここへ来たのは137年前のことである。


川の中にある観楓台。右に赤い不動橋。
紅葉は1週間後くらいからが見頃のようだった。


中野神社参道入口。
二つ目の鳥居は木製の赤い鳥居。


中野神社本殿。本殿の前に石燈籠がある。


神聖な木というのは樹齢約500年の大杉のことであろう。


温湯温泉の老舗旅館。大正3年(1914)の建築で100年を越えている。

■鶴ヶ坂(津軽坂)
日光を出てから数多くの峠を越えて来たが、その最後の峠は浪岡にあった。津軽坂というところであった。
雲は流れており、色彩が強まり、空気もひんやりとさわやかで、まわりの土は 泥炭質であり、松林の香りもよかったので、
故郷スコットランドに帰ったような気持にさせる風景であり、香りであった。


羽州街道と国道7号線との合流地点。


鶴ヶ坂は鉄道写真の名所。2010/5/13撮影

■青森

灰色の海は青森湾で、その向うに津軽海峡があった。私の長かった陸地旅行は終わった。
青森は灰色の家屋、灰色の屋根、屋根の上に灰色の石を置いた町である。
灰色の砂浜に建てられ、灰色の湾が囲んでいる。青森県の都ではあるが、みじめな外観の町である。


新城から北上すれば、羽州街道の終点・油川。バードは新城から東へ青森港へ向かった。
バードの青森に対する印象は「灰色」である。
明治維新からまだ10年、当時の青森は今からは想像できなくらいのさびれた町だったのかもしれない。


羽州街道の終点・油川の松前街道との合流の碑。


バードが船に乗った聖徳公園付近。この日は灰色の海だった。