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唐津街道

香椎 03.10.29
E-100RS
    



香椎宮の祭神である神功皇后が、朝鮮半島へ出陣のとき
に冑(かぶと)を着けた所、あるいは帰朝後その冑を埋
めた所、と語り継がれているのが冑塚ある。

住宅地の一角、木立の中にたたずむふたつの石。右の石
はこの塚から掘り出されたが、江戸時代中期に一時持ち
去られた。これを惜しんだ新宮町の源四郎という人が、
花崗岩に刻んだのが左の石で、はっきりと冑の形をして
いる。


唐津街道から香椎宮へむかう分岐点付近に立つ大きな標柱。
木の葉が色づきはじめていた。



 
かつて香椎宮の参道入口付近は、
浜男をいう集落だったようだ。今
でも浜男という地名は残っている
が、同じ名前を持つ小さな神社が、
ビルにはさまれて建っていた。

昭和初期まで、このあたりは海岸
線で、遠浅の海では潮干狩りがで
きたという。

門司や若松で海を見た街道をゆく
旅人は、ここで再び海に出会い、
ここからは、ほぼ海岸線に沿って
唐津へむかう。

そして、多々良川を渡って博多へ
入る。




 

香椎をすぎて多々良川を渡る少し手前、松崎の蓮華坂に、わくろ石と呼ばれる自然石がある。

かつて、水不足に悩んでいた松崎の農民たちは、この石を雨乞いの神として祭り、五穀豊穣を祈った。この石はガマガエルに似ているが、カエルを水に緑の探い生き物と考え、カエルに似た石を雨乞いの神としたのであろう。