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 熊野古道

波田須〜大吹峠 徐福伝説が残る石畳と竹林の道 06.10.14
*istD
    

2006年10月の旅では、波田須や大吹峠の探訪は予定していなかったが、その日は雨になったので、他に行くあてがなかった。

朝、紀勢本線の貨物列車を撮影し、国道42号線から国道311号線へ入り、波田須に着いたのは10時を少し過ぎていた。

まず、国道311沿いの波田須神社付近から鎌倉時代の石畳を歩いた。国道311はかなり高い位置を走っていて、海側へ下って行くと、徐福の宮がある矢賀の集落を通る。

熊野古道は中波田須から西波田須をぬけて、国道311と合流し、やがて、大吹峠の登り口に達する。

約300mの鎌倉時代の石畳道・東側の登り

 

 

●鎌倉時代の石畳道


東側の石畳。


西側の石畳。

●徐福の宮
今から2200年前、秦の始皇帝の命を受けた徐福は、不老不死の仙薬を求めて大船団を組んで東方へ船出したが、台風にあってここ矢賀の浜に流 れ着いた。帰国を断念した徐福は紀州への永住を決意し、焼き物、農耕、土木、捕鯨、医薬などの中国文明を里人に伝えたという。当時、日本 は弥生時代のはじまりの頃だった。徐福伝説は、鹿児島から青森まで日本各地に残っている。青森県小泊村で徐福の碑を見たことがある。

 
矢賀の集落の中心部にはクスノキがあり、このクスノキの下が徐福の宮で徐福の墓がある。
徐福の宮から下は棚田で、やや平坦になった所を紀勢本線が走り、海鳴りが聞こえていた。

●大吹峠


峠まで石畳道がつづく。

峠を下りはじめてすぐの美しい竹林の道。

←峠付近の猪垣。
 猪の進入を防ぐため江戸時代に約10kmにわたって築いた。


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