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 熊野古道

八鬼山やきやま越え 町石地蔵が見守る石畳道 06.10.13
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標高647mの八鬼山越えは西国一の難所といわれ、熊野古道の中で最も巡礼者を苦しめた峠である。今は国道311号線の八鬼山トンネルで簡単に峠を越えられる。

尾鷲側の登山口から八鬼山峠まで石畳道が続き、道の傍らには、巡礼供養碑や町石地蔵が並んでいる。

八鬼山越えの道は熊野古道随一の美しさだと思うが、残念なことに、途中の岩や木に、100mくらいにわたって赤いペンキで落書きがされている。JR発行の熊野古道のパンフレットの表紙になっている蓮華石も落書きされていた。

山林の地権者との合意が十分になされないままに、世界遺産登録を急いでしまったことが原因だそうだが、あくまでも話し合いで解決すべきであり、どんな理由があるにせよ、このような行為は幼稚で破廉恥である。早く、美しい道へ戻してほしい。
 

 
 
ここの町石は頂上までの残りの距離ではなく、麓からの距離を示している。ここは麓から約 4100m。

●林道合流点へ

麓の尾鷲節歌碑道標のあるところから林道に入る。少し先に献灯所というところがあり、ここが登り口になっている。
今回は時間短縮のため、八鬼山トンネル入口の少し東の、林道と熊野古道との合流地点から登山を開始した。
                               
ままになるなら あの八鬼山を 鍬でならして 通わせる

国道311号線八鬼山トンネル入口。
尾鷲踊りの金属プレート張りが何ともぜいたく。

林道合流点の登り口。
八鬼山峠(頂上)2090m約80分の標識。

●七曲へ
途中、九十九折りの石畳の急坂が約300m続く。ここが七曲り。
運動不足の体にはかなりきつかった。



行き倒れ巡礼碑。正面に赤いものが見えているのがペンキの落書き。

七曲り付近の杉林の中の石畳。

●桜茶屋一里塚へ
尾鷲地方の一里塚は江戸時代中期の正徳2年(1712)に整備された。この桜茶屋一里塚は、歴史の道整備事業の中で国指定の史跡となった。一里は38町、一町は109m、したがって、一里は4.1kmである。

 

●蓮華石へ
手前が蓮華石、むこうが烏帽子岩。岩の形からこのように名付けられた。
この二つの岩は下からのアングルで撮った方がよいが、蓮華石の下に、ペンキの落書きを消した跡が白く残っている。

 

●九木峠へ
九木峠には、木の標識の下に、大正15年に九鬼村役場が建てた石の道標がある。
「右みきさとみち 左くきみち」、
この峠道は鉄道が開通するまでは生活道路であった。


●八鬼山峠へ
八鬼山峠から三木里へ下るには二つのルートがある。左回りの江戸道、右回りの明治道、二つの道は1.8km先で合流する。
                                 

八鬼山峠の石仏。

展望台(東屋)。

三木里への明治道。


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