門司往還

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大里〜もうひとつの長崎街道の起点 2001/5/7
E-100RS
    

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長崎街道の起点は、18世紀末までは小倉の常盤橋であったが、1799年に、長崎奉行所が大里村に、船舶取り締まりのための番所を設けた時点で、長崎街道の起点は小倉から大里へと移った。

当時、小倉から大里へ通じる道は門司往還と呼ばれていた。往還とは道のことであり、子供の頃、明治生まれの祖父や祖母は、道のことを往還と言っていたことを思い出す。

門司の海岸線を走る199号線から、通りをひとつ入った道がかっての門司往還である。当時の道は、昔と同じ道幅で現存しているは、大里宿をしのべるものは、もはや残っていない。

←旧サッポロビール門司工場付近の街道松。
 背後に風師山が見える。この構図は江戸時代とほ
 とんど同じではないだろうか。
    
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八坂社の鳥居そばに立つ石碑。
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ビール工場の赤煉瓦倉庫。
大里宿の石碑が立つ路地のむこうは関門海峡。
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慶長年間創建の佛願寺。 旧大里宿に残る唯一の昔風町屋。


NHK「街道てくてく旅/大里宿」放送風景。旅人は、北京五輪シンクロ銅メダリスト・原田早穂さん。 09/5/22