 |
長崎街道の起点は、18世紀末までは小倉の常盤
橋であったが、1799年に、長崎奉行所が大里
村に、船舶取り締まりのための番所を設けた時点
で、長崎街道の起点は小倉から大里へと移った。
当時、小倉から大里へ通じる道は門司往還と呼ば
れていた。往還とは道のことであり、子供の頃、
明治生まれの祖父や祖母は、道のことを往還と言
っていたことを思い出す。
門司の海岸線を走る199号線から、通りをひと
つ入った道がかっての門司往還である。当時の道
は、昔と同じ道幅で現存しているは、大里宿をし
のべるものは、もはや残っていない。
←旧サッポロビール門司工場付近の街道松。
背後に風師山が見える。この構図は江戸
時代とほとんど同じではないだろうか。 |