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長崎街道

境原〜田んぼと水路が広がる風景 2001.5.10
E-100RS
    
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水路、麦畑、遠くには背振の山並み。
境原宿は、神埼と佐嘉の中間にあった。周辺は田園地帯で、田んぼの間を縦横に水路が走っている。

麦畑は福岡県北部ではあまり見かけなくなったが、筑後地方や佐賀県には麦畑が多い。昔は、米と麦との2期作が一般的であったが、ここではその伝統が生きている。

江戸時代も広々とした空間が広がっていたであろうが、田んぼや水路の整備によって地形は大きく変化しているのではないだろうか。

今も昔も変わらないのは、吹き渡る風と背振の山並みである。

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「従是東神埼郡・西佐嘉郡」 以前は水路の中に立っていたという六地蔵。