西国街道

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(2)箕面〜高槻  
                                                          
●牧落の道標 10/3/28 K10D
幕府や領主からの通達を立て札などで掲示した札場があったところで、ここは箕面・大坂道と旧西国街道の交わる辻、
左が箕面・大坂道、右が西国街道。みのをみちの道標大坂天神四り半、はっとり二りの道標がある。

●萱野三平旧邸
元禄時代、赤穂浪士の一員として名を連ねていた萱野三平は、仇討ちに反対する父・重利に対する孝行心と、主君浅野内匠頭への忠義心との板挟みとなり、28歳で自刃した。生家跡は明治期に母屋は取り壊されたが、三平が切腹したと伝えられる長屋門と土塀の一部が保存されている。旧邸内には、俳人でもあった三平の辞世の句碑がある。 晴れゆくや 日ごろ心の 花曇り

萱野三平旧邸。

萱野三平旧邸の長屋門。
                                                       

付近の民家。

 

●郡山宿本陣跡 10/3/15 K10D

享保3年(1719)に焼失後、享保6年(1722)に再建され、原型を保ちながら現在に至っている。
邸内に椿の古木があることから、椿の本陣と呼ばれていた。椿は盛りを過ぎていたが美しい花を咲かせていた。
本陣が建てられたときに植えられたとすれば、やがて樹齢300年になる。

●継体天皇陵
太田町に継体天皇陵墓、別名太田茶臼山古墳がある。堀をめぐらした前方後円墳で、全長226m。

継体は6世紀前半に在位した天皇。
大和統一国家が形成されつつある時代だった。

継体は謎の多い天皇で、福井を本拠地としていたそうだが、その陵墓がなぜここにあるのだろうか。

●芥川宿

芥川宿入口の橋詰地蔵尊。

昔ながらの民家が残っている。
       
芥川一里塚跡。

 

●梶原

朱色の壁が印象的な長屋門がある町並み。
                                                 

●桜井駅跡
西国街道が大阪から京都に入る少し手前の島本町に、桜井駅跡がある。
奈良時代に平城京と各地を結ぶ街道に駅が設けられたが、ここには桜井駅があった。

ここに立つと、落合
直文作詞・奥山朝恭作曲「青葉茂れる桜井の」が浮かんで来る。
青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ
の下陰したかげに駒とめて 世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上
に 散るは涙かはた露か

延元元年(1336)、九州から東上して来る足利尊氏の軍を迎え撃つため摂津国湊川に向かった楠木正成は、途中の桜井駅で、11歳
の息子正行に、「故郷に帰って朝廷に忠誠を誓いなさい」と諭して河内に帰らせた。これが、「桜井の別れ」である。


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