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兵庫〜西宮 |
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07.12.8
*istD |
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●兵庫 関連サイト
平家物語への旅/福原
神戸市の中心部に入る。大都会の中の旧街道探訪は少し気が乗らない。 |
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神戸駅近くの湊川神社には、楠木正成の墓碑がある。 |
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敏馬みるめ神社のある辺りは敏馬みねめの浦という岬で、万葉集に詠まれた歌枕の地。境内には万葉歌碑がたっている。
玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島のしまの崎に 船近づきぬ 柿本人麻呂
巻3−250 |
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西求女もとめ塚古墳は全長100mの前方後方墳。 |

古墳入口の石仏群。 |
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●御影塚から住吉へ
西求女塚古墳から東へ進むと、御影塚に処女おとめ塚古墳、住吉に東求女塚古墳があり、これら三つの古墳には悲恋物語が残っている。
この地に住む大変美しい娘(菟原娘子うなひをとめ)に、二人の青年(菟原壮士うなひをとこ、茅渟壮士ちぬをとこ)が求婚。娘は、二人の青年が争うのを見て耐え切れず、自ら命を絶ってしまう。そして、二人の青年もあとを追って自殺する。それを悲しんだ親類縁者は3人の墓を造ったという。
この悲恋物語は万葉集にも詠まれていて、西求女塚は菟原壮士、処女塚は菟原娘子、東求女塚は茅渟壮士の墓とされている。
しかし、古墳の建造年代には差があり豪族の墓と見られるが、3人の墓と考える方がロマンがある。 |
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処女塚古墳の万葉歌碑。
いにしへの 信太しのだ壮士をとこの 妻どひし
莵原うなひ娘子をとめの 奥城おくつきぞこれ
田辺福麻呂 巻9−1802
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処女塚古墳は全長70mの前方後方墳。後部は円形ではない。

東求女塚は全長80mの前方後円墳で、前方部が幼稚園、後円部が
公園になっている。 |
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●西宮 関連サイト
西宮えびす
西宮神社に到着。旧山陽道の旅はここで一区切りとし、京都まで旅を続けるのであれば西国街道として旅を始めたいと思う。 |
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西宮神社、14時40分。すぐ前を通っている阪神高速の影がのびている。門の両側には大練塀。 |
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大練塀は全長25m、国重文。 |

扇にて 酒くむかげや ちる桜 芭蕉 |
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朱塗りの表大門、国重文。 |

本殿、国重文。結婚式が行われていた。 |
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