薩摩街道大口筋

白銀しらかね

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09/7/11 K10D
      
姶良町脇元から吉田町牟礼ヶ岡までの石畳の坂道です。
この坂のある山並みは、古代における薩摩国(吉田町側)と大隅国(姶良町側)の国境でした。また戦国時代には島津貴久や義弘などの武将たちがこの坂に陣を構えたといわれています。江戸時代にはいると、白銀坂は、薩摩藩の主要街道として鹿児島城下から熊本へ抜ける薩摩街道「大口筋」上の難所として多くの人に知られていました。現在約2.7キロの道のりが残っており、高低差は300メートル以上あります。中腹には「七曲り」といわれる急勾配の箇所に石畳が敷かれ、今でも昔の面影を残しています。歴史上重要な街道として歴史国道にも指定されています。〜
ゆっくり悠・遊 観光かごしま


明治6年(1873)、新道が海岸沿いに開通し、白銀坂は幹線としての役割を終えた。
 

白銀坂の登り口近くにある駐車場。

登り口への道標。
  

白銀坂登り口。
登山口から第2展望台まで800m、約30分かかった。
ここから坂の頂上まではさらに2200m。



第2展望台から錦江湾を見る。残念ながらかすんでいた。