津和野街道

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(1)津和野  街道歩き参考サイト 津和野街道  
                                                     
●藩邸跡付近 09/1/2 K10D


津和野城大手登山道。この奥に登り口がある。

津和野街道は、島根県津和野と広島県廿日市を結ぶ約70kmの街道である。武家諸法度によって参勤交代が行われ、津和野から江戸までは約1か月かかった。この参勤交代のために整備されたのが津和野街道で、廿日市からは船を使った。津和野街道の起点は山陰道との合流点で、高砂酒造資料館がある財間酒造の交差点である。

津和野には、高度220mのところに城跡がある。鎌倉時代に完成した山城で、江戸時代に入ると城下町が形成され、津和野藩主亀井家の藩邸も太鼓谷稲成の下にあったが、城も藩邸も廃藩置県により解体された。藩邸跡は、喜楽園という公園と津和野高校のグランドになっている。

津和野高校前付近には、「津和野城大手登山道」という説明板が立っている。ここから城跡まで630m、城郭建設の際には資材運搬に使用され、藩士の登城道だったようだ。


藩邸跡。


●津和野川 09/1/3 K10D
藩邸を出て東に進むと津和野川に出る。ここからは少し下流へ歩くと、山口線の鉄橋のむこうに津和野大橋が見え、背後の青野山の丸い山容が目を引く。

津和野川には御幸橋がかかっている。御幸橋の欄干のむこうには、太鼓谷稲成神社の幟と社殿が見える。

御幸橋の先で山陰道に出る。





 
 

●殿町界隈 09/1/2 K10D  関連サイト 雪の小京都
津和野街道からちょっとそれるが、殿町に立ち寄ってみよう。

津和野藩校養老館。

津和野藩家老・多胡家表門。
                                                         

津和野藩家老・大岡家表門。

鯉が泳ぐ掘割。
                                                  

武家屋敷があった殿町の隣には商人が住む本町。

造り酒屋。

●長州街道に沿って 09/1/2 K10D
山陰道との交差点に戻り、南へ向かう。右手に津和野城址が見える。
参勤交代の一行は、江戸までの約1000kmの道のりに思いをはせたことだろう。

見上げれば津和野城址。

民家の屋根のむこうに津和野城址。

●津和野街道起点 09/1/2 K10D 関連サイト 付近の風景

道がやや緩い上り坂になると、左手に造り酒屋が見えてくる。

造り酒屋の角が津和野街道起点。右の石垣は高崎亀井家跡。

●南谷へ 09/1/2 K10D 
道は山口線の踏切にさしかかる。この踏切付近はSLやまぐち号の好撮影地。運行日にはたくさんのカメラマンでにぎわう。

踏切付近からも、造り酒屋のむこうに津和野城址が見える。

折りしも列車がやって来た。
                                                       
丸山公園下を右に弧を描くように進むと、南谷への入口が見えてくる。

丸山公園入口。かつて、このあたりには高崎亀井家があった。

南谷入口付近から津和野城址を振り返り、津和野に別れを告げる。

●南谷渓谷 

南谷渓谷入口。
09/1/2 K10D

南谷川にかかる赤い橋を渡って振り返る。
08/12/23 K10D
                                                      
ここは中国自然歩道。説明板には次のように書かれていた。
 この渓谷を流れる南谷川は、青野山山麓の湧水を集め、津和野川に流れ込んでいる。
 この川の源と津和野川とは標高差が300mもあるため、川は途中でいくつかの滝を形成し、
 両岸の切り立った岩壁とともに、変化に富んだハイキングコースとなっている。
 
南谷渓谷は滝で行き止まりになり、滝の手前にある橋を渡って坂道を登ると、県道226と合流する。
10/1/4 K-x

滝は、想像していたものよりずっと大きかった。

県道との合流地点。

笹山  10/1/4 K-x
県道との合流地点から50mほどで右へ、再び旧道へ入る。

旧道入口の説明板。むこうに石橋が見える。

笹山の石橋。長さ4.2m、幅1.2m。

石橋から山中に入り、小さな峠を越える。峠までは10分ほど。峠には神社があり、少し下ると、元笹山の集落が見える。

峠の神社。元笹山集落の鎮守であろう。

標高908mの青野山を背にした集落は、かくれ里のような雰囲気。

元笹山の集落の先で県道と合流する。合流地点付近に青野山の笹山登山口があり、古い灯篭が立っていた。

青野山王権現の説明板の下に、「参勤交代路 亀井家1635〜」。

嘉永五年(1852)の銘がある。

津和野街道は、木野の集落で県道とわかれて南へ進み、杉ヶ峠(すんがとうげ)を越えて柿木村に入る。

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