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若松街道

若松から赤間へ〜若松道をゆく 2003.7.14
E-100RS
    


伊能忠敬が寄進したという説もある方位石。

若松街道は若松から赤間へ、赤間で唐津街道と合流する。福岡や唐津から江戸へむかう場合、若松ルートは、木屋瀬、黒崎ルートに比べ、余り利用されなかったのではないだろうか。赤間から赤間街道を通って木屋瀬へ、または赤間から底井野往還を通って黒崎へ、というルートの方が一般的だったようだ。

若松街道には旧街道をしのべるものは極めて少ない。


厳島神社(弁財天)前にある弁財天上陸場。両端にある石柱は大正10年建造。洞海湾を渡った人や物がここから陸へ上がったのであろう。それを監視する洲口番所は、この地点から少し東にあった。

方位石とは「方位」を見定める石のことで、一般的には方角石と呼ばれ、江戸時代から明治初期にかけて、回船業者や漁師が天候予測のため、港の見える小高い丘に置いたものと、単に置磁石的なものとして、高い山やある地点に置いたものがある。

若松区役所横の恵比須神社の方位石は花崗岩造り、3段の台座の上に東西南北と十二支を刻んだ方位盤をのせています。銘もなく、確かな資料もないので、天候予測に利用したのか、海上交通安全祈願のため奉納したのか定かではない。〜説明板より引用


芦屋蛭子社の大黒天。


芦屋宿構口趾。


芦屋の町並み。