関門海峡をゆく 部埼の四季

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  【左】朝日に向かって立つ清虚像【右】朝日を受けた旧官舎。 94/5/22 NikonF4s/24-50mm

       部埼と僧清虚

部埼灯台への上り口の波打ち際に、僧衣を着、松明をかかげた大きな像が、海に向かって立っている。これが、僧
清虚の像である。

天保9年(1838)、下関から東へ向かう船に、高野山へ向かうひとりの僧が乗っていた。関門海峡を過ぎ、部埼の沖にさしかかったときに、乗り合わせた客が岬に向かって念仏を唱え始めた。不審に思った清虚がその理由を聞くと、「ここは船の難所で、遭難が多いため、船の安全を祈っている」と言う。

このことを聞いた清虚は、この地にとどまり、海の安全を祈願することを決意して船を下り、部埼山に庵を結んで、  昼は托鉢、夜は祈りの日々が続いた。

強風の吹き荒れたある夜、庵の戸をたたく者があり、「この沖合いで船が難破したが、庵の光に導かれて岸に泳ぎ着き、命が助かった」と言うのである。囲炉裏の火が目印になるのであれば、火を燃やせば船の目標になるだろう  と、庵の戸を開け放ち、夜を徹して火を焚いた。やがて、この火によって難破を免れた人たちの寄付によって火焚  き場が設けられた。

嘉永3年(1850)年、清虚は74歳で没したが、清虚の遺志は受け継がれ、明治5年(1872)の洋式灯台の設置をむかえたのである。部埼灯台は、イギリス人技師ブラントンの設計によるもので、白御影石の半円形の塔屋の上に、燈塔を置いた瀟洒な灯台である。当時フランスから輸入されたレンズは、今も美しい輝きを放っている。
       

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      浜大根の花。94/4/16 CanonT90/28mm      紫陽花。94/6/25 CanonNewF1/28mm

kanmon-hesaki-asayake.JPG (19466 バイト)冬の凍てついた朝、
東の空が茜色に染まった。


93/12/28
NikonF4s/24-50mm


kanmon-hesaki-fuyubare.JPG (20634 バイト)冬晴れの灯台

93/12/23
NikonF4s/24-50mm


kanmon-hesaki-seikyo2.JPG (29679 バイト)スカッと晴れて
清虚も気持ちよさそう。


93/12/23
NikonF4s/24-50mm

       

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    山茶花と燈塔。97/12/21 CanonNewF1/50mm    満開の水仙。95/1/20 CanonNewF1/28mm


   12月に入ると、部埼では山茶花が咲く。海からの潮風を受けた山茶花は、鮮やかで、白い灯台と青い空に
   映えて美しい。

   山茶花が枯れる頃、水仙の花がふくらみ始める。部埼の水仙は、1月20頃から2月10日頃までが見ごろ
   である。

   水仙は、灯台員が常駐していた頃に植えられたものと言われているが、部埼灯台を設計したブラントンによ
   って持ちこまれたという説もある。それが事実とすれば、100年以上も前から生き続けていることになる。

   明治期に建造された灯台では、水仙をよく見かける。厳しい灯台での生活の中で、冬の寒さの中で満開のと
   きをむかえる水仙は、心の安らぎとなったであろう。


kanmon-hesaki-yuki.JPG (49947 バイト)
           九州でも年に数回雪が積ることがある。雪の部埼はまた格別。
            96/2/10 PentaxZ5p/28-70mm