
下関市南部町の寿公園に建つ金子みすゞ顕彰碑。 唐戸商店街の広場に建つ「日の光」の詩碑。
「はちと神さま」の詩碑。 みすず化粧品店という看板が立っていた。
金子みすゞは、大正12年(1923)、20歳のときに生まれ故郷の長門市仙崎から下関市に移り住み、西之端
町(にしのはしちょう、現在の田中町)にあった書店で働きながら童謡詩の創作を行った。しかし、みすゞの意に
反した結婚によって人生の破局がはじまり、26歳の若さで自ら命を絶った。

亀山八幡宮境内に建つ「花のいのちはみじかくて」の碑と「放浪記」の陶板。 田中町にある「生誕地」の碑。
林芙美子は門司の小森江で生まれたという説があるが、芙美子自身は、「放浪記」の中で下関で生まれたと書いて
いる。芙美子が生まれたのは明治36年(1903)、生誕の地とされている田中町は、のちに金子みすゞが創作活
動をした場所でもある。
門司港から連絡船に乗って唐戸で降り、亀山八幡宮から唐戸商店街をぬけて田中町へと歩いてみた。ときどき小雨
が降る空模様であったが、相変わらずの暑さだった。唐戸交差点付近の洋風建築を見ながら、「金子みすゞや林芙
美子も唐戸を歩いただろうし、これらの洋風建築も見ただろう」という感慨が湧いていた。→下関レトロ建築 |