小椋谷

木地師の村

2002.5.25
CAMEDIA E-100RS

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小椋谷の入口・政所集落

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蛭谷とろくろの文字。

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愛東町との町境付近、
惟喬親王幽籠地に立つ元
禄7年の銘がある標石。


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全国の木地師の本所とされていた
帰雲庵。屋根に菊のご紋。筒井八
幡横にある。

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大皇器地祖神社。

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金竜寺(高松御所)






   

まだ紅葉には早かったが、山には秋の気配がしのびよっていた。八日市から南へ下ると、やがて永源寺の門前に出る。二、三十分ほどで政所の部落につく。

政所から渓谷にそって、せまい山道を登って行くと、箕川、ついで蛭谷の部落があらわれる。蛭谷には、筒井八幡という社があって、苔むした石段の右手に、筒井本陣という古い邸があり、ここ一族には惟喬親王のお供をして、都から来て住みついたという伝承がある。

このあたりの木地師の集落を「六ヶ畑」という。君ヶ畑、蛭谷、箕川、政所、黄和田、九居瀬の六ヶ村で、その中君ヶ畑と蛭谷が、木地師の伝承を色濃く止めている。

それによると、文徳天皇の第一皇子惟喬親王は、当然皇太子に立つべきところ、弟の惟仁親王(清和天皇)に先を越され、無常を感じてこの山中に籠居した。

六ヶ畑の中では、一番奥の君ヶ畑が、地形的にも文化的にも、もっとも展けていたように見える。左手の茶畑の向うに、神さびた森が見え、大皇大明神の社が建っており、入口にある「日本国中木地屋之御氏神」の石標は、彼らの根づよい信仰をそのまま現しているようだ。

その神社に隣りあって金竜寺というお寺がある。村の言い伝えでは、ここが親王の「高松の御所」の跡で、小高い岡の上に円墳があり、皇子の墓と称する石塔がたっている。(白洲正子『かくれ
里』)


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永源寺修行道場の茅葺き屋根。
読経の声が響く。