椎葉 平家伝説と民謡とダムの山里 2001.11.8
CAMEDIA E-100RS
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山の中腹にも人家がある。
木のない所は焼畑農業の跡だろうか。


椎葉村は宮崎県の北西部、西へ椎葉越えと呼ばれる峠を越えれば熊本県の五家荘である。九州脊梁山脈の中央部にあり、1000千m級の山々が連なっている。

椎葉村は、平家追討伝説を抜きにしては語れない。壇の浦の戦いに敗れた平家は、源氏の追討を逃れて日本各地へ散っていった。九州山地の奥深くへも入って行った。

「椎葉山由来記」によれば、那須与一宗高の弟、那須大八郎宗久は、平家追討のため椎葉へやって来る。しかし、ひっそりと暮らす平家一門の姿を見て哀れに思い追討を断念し、幕府には討伐を果たしたと報告した。そして鶴富姫と出会う。やがて、幕府からの帰還命令によって、大八郎は鎌倉へ帰ってゆく。鶴富姫は女の子を身ごもっていた。

  和様平家の 公達ながれ
  おどま追討の 那須の末よ

  那須の大八 鶴富おいて
  椎葉立つときゃ 目に涙よ


   
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平家伝説の白水の滝 鶴富屋敷南面の野菜畑 鶴富屋敷、平家祭りの飾り付け 大八郎が植えたという杉

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厳島をしのんで建てたのか、椎葉厳島神社。鶴富姫化粧の水。

鶴富屋敷の受付をしていたおばあちゃんに、「鶴富姫化粧の水」の場所をたずねると、すぐ下にあることを教えてくれた。以下はおばあちゃんの話。

化粧の水は生活用水だったと思われる。昔は山の斜面に井手(溝)を掘って山から水を引いた。やがて、管(導水管)になった。今は、水道管が各家に通っていて水道料を払っている。水は、今でも山の水。

ここは椎葉だが、この話を聞いて、五木の子守唄の歌詞を思いうかべた。

  花はなんの花 つんつん椿
  水は天から もらい水