古寺巡礼 三佛寺 三徳山三佛寺公式サイト 2006/2/23 *istD 古寺巡礼


300mmの望遠レンズでとらえた国宝投入堂。右にかすかに見えているのは観音堂。
三佛寺へは、東側の鹿野町から佐谷峠越えの道を選んだ。積雪は1.5mくらいだったが、除雪されていて難なく通過することができた。三佛寺付近にもたくさん雪があり、国宝投入堂への道は雪に閉ざされて、登山はできなかった。

三佛寺受付には、登山者がよく着ているチェックのシャツのお兄さんが座っていた。学生アルバイトだろうか。

筆者が登山姿であることを見て、こんなに雪があるのに、投入堂へ登れる訳がないだろうと言わんばかりの横柄な口の聞き方をする人物だった。

拝観料は400円、お兄さんのアルバイト料が時給800円とすると、1時間に2人以上参拝者がいないと赤字になる。この日は平日だったが、境内では誰にも会わなかった。

受付を無人にして、拝観料を入れる箱を置いてくれた方が、横柄な人物に会わずにすむし、気持ちよく参拝ができる。


伯耆と因幡の境界を示す佐谷峠の境石も雪の中。


本堂への石段左手にある石仏群。


本堂への石段右手、お堂の中の大きな石仏2体。


本堂。裏手に投入堂への登山口がある。当時入山料は200円。

■国宝投入堂へ 2012/11/4 K20D


2006年2月23日、雪の日にたずねたため、投入堂への登山は果たせなかった。
その年の桜の頃に来たいと思っていたが、それも果たせなかった。
いつしか投入堂のことは忘れていたが、大山山麓の紅葉を見たいと思い旅の計画を立てているときに投入堂のことを思い出した。

2012年11月4日、あの雪の日から6年半以上が経過していた。
午前中は大山山麓の紅葉をたずね、三佛寺に着いたのは午後12時半だった。
当日は日曜日、駐車場も道路際も満杯だったが、何とか駐車スペースを見つけることができた。
石段を登り受付に行くと、4年前に行方不明者が出たため単独行の人には登山を許可していないという。
困っていると、石段の下から男性が一人登って来た。
事情を説明して
同行を快諾していただいた。鳥取市の人だった。

登山口で、大阪から来たという単独行の男性が加わった。
靴の点検を受け、住所・氏名・入山時刻を記入し、「六根清浄」と書かれた輪袈裟を肩からかけて出発した。通常は往復1時間半くらいだが、登山者が多いので2時間くらいかかるとのことだった。

文殊堂下の鎖以外は、ロープ、ハシゴなどの登山を補助する機具や転落防止の柵はなく、自分の手足を使って自己責任で登らなければならない。

登山口から40分で文殊堂に到着。
ここから、地蔵堂、鐘楼堂、納経堂、観音堂、元結掛堂が次々とあらわれ、やがて、不動堂・投入堂・愛染堂に到着する。この日は登山口から投入堂まで65分かかった。

下山後に境内で会ったお坊さんが「ここは日本一危険な国宝見物」と言っていた。

鐘楼堂・観音堂・元結掛堂・不動堂が県指定重要文化財、文殊堂・地蔵堂・納経堂が国指定重要文化財、投入堂が国宝。 

 
 三佛寺へ2回行っているの
 で手元に護符が2枚ある。


登山口から10分のところに役行者像。このあたりから急坂となる。


地蔵堂。縁の幅は1mくらい、縁の下は断崖絶壁。


文殊堂を見上げる。
清水寺の舞台に似た様式で岩場にたっている。
このような木の根や岩につかまりながら登る。
                                      

納経堂。


元結掛堂。

観音堂。
この三つのお堂はすぐ近くにあり、崖をえぐって洞窟状にし、その下に建物がある。
                          

元結掛堂の前から観音堂、そのむこうに納経堂を見る。手前に進み、岩角を曲がったすぐ先に不動堂、そして投入堂・愛染堂がある。
                                   

右が不動堂、左が投入堂。投入堂の左にくっ付いている小さなお堂が愛染堂。
投入堂に使用されている木材を年輪年代法によって調べたところ、1110年頃(平安時代)に伐採されたものであるという。
伐採の直後に建造されたとすれば、建造から900年以上が経過している。

五木寛之さんが三佛寺投入堂への道をたどったのは71歳の時、8月上旬の夏の盛りだった。
三佛寺は百寺巡礼の71番目の寺である。
五木さんは投入堂にはじめて対面した時、「蜃気楼のように浮かぶお堂」と「百寺巡礼」の中で書いている。

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