失われた鉄道

福岡市は、大学進学浪人を過ごした町であり、旧博多駅から西鉄の市内電車に乗って、天神町にあった予備校へ通った。

鉄道を撮るようになってから、何度か市内電車の撮影に来ている。ここに掲載した写真は、市内電車が全廃になった1979年に撮影したものである。

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西鉄福岡市内線1979

残っていた循環線と貝塚線の廃止が、1979年2月11日に決定していた。
この廃止によって、西鉄福岡市内線は全廃となった。

■千鳥橋



千鳥橋を渡って交差点に入る。1979/2/8


千鳥橋の交差点近くに建設中だった高層住宅が完成していた。公団住宅のような感じで真新しさを感じない。
右の2階建ての小さな建物は操車塔、かつてはここから電車の行く先を見てポイントを切り替えていた。
やって来たのは天神廻りの電車。博多駅廻りの電車は操車塔のむこう側を通る。手前の線路が縦貫線。1979/1/14


リアカーはごく普通に見られたが、今は見かけることはない。1979/2/8




千鳥橋の交差点からすぐのところに石堂川(三笠川)にかかる千鳥橋があり、循環線の電車が行き交っていた。
海が近いので海鳥が多い。1979/1/14


現在の博多臨港線は香椎駅から福岡貨物ターミナルまでの3.7kmであるが、この当時はさらに8kmくらい先まで延びていた。
途中からは博多湾沿いを走っていたが、1982年より段階的に廃止されて行った。この写真は千鳥橋から撮影したものと思われる。1979/1/14

■博多築港前


ソテツ並木の南国らしい風景に誘われて撮影した。1979/2/8

■須崎橋(市民会館前〜対馬小路)


那珂川にかかる須崎橋(すざきばし)は石造りの風情のある橋だったが、架け替えられてしまった。1979/2/8

■市民会館前


市民会館前電停。1979/2/8

■福高前(旧潟洲町)




石蔵酒造の前を通過する。石蔵酒造は今も健在。1979/2/8

■緑橋


電車専用の橋が残っていたのは緑橋だけで、ほかは道路と併用になっていた。
緑橋電停を発車して緑橋を渡り、福高前電停の手前まで敷石やアスファルトがない砂利の軌道敷がつづく。1979/1/14


緑橋電停から福高前方を見る。橋の真ん中にセンターポールが立っている。1979/2/8


夕暮れの緑橋を発車する。1979/2/8


福高前電停付近にある石蔵酒造の煙突が見えている。1979/1/14


福高前電停付近。緑橋駅からの専用軌道がアスファルトに変わって道路と合流する。「仁丹」の看板がやけに目立っていた。
このような鉄道と街とが一体となった風景は、現在の日本ではなかなか見ることはできない。1979/1/14

■博多駅前


i博多駅は井筒屋と一体となったビルで、当時の博多駅前はやたら広くて、絵にならなかったのでほとんど撮影していない。1979/1/14

■夜の貝塚駅


1979/1/14


1979/2/8