失われた鉄道 上山田線 CanonT90/85,80-200


上山田線は、筑豊本線の飯塚と日田彦山線の豊前川崎を結ぶ全長約26kmの路線であった。
上山田までは上下約25本と運転本数が多かったが、上山田から豊前川崎まではわずか4往復しか運行されていなかった。

上山田線が廃止されたのは1988年9月。最後の夏をむかえた上山田線をおとずれたのは、6月のはじめだった。

民家の横に車をとめて撮影機材をおろしているとき、「汽車を撮りに来られたのですか。もうすぐ終わりですからね」と野良仕事の
老人に話しかけられたことを、昨日のことのようによくおぼえている。

上山田線は、SL終焉期にはD60の引く客車列車が走っていたし、1988年時点ではDD51の引く赤い客車列車が走っていた。
「汽車」という言葉がよく似合う路線だったように思う。



朝もやの中を走る通勤通学列車(下山田ー嘉穂信号所) 1988/6/5


寅さん映画が似合いそうな大隈駅へ進入する。
1988/6/5


上山田発9時15分・午前の最終列車。(上山田ー嘉穂信号所)1988/6/5


廃線の漆生線との分岐点・嘉穂信号所。



梅雨空の下、日本最大の忠隈炭鉱のボタ山を背に上山田行き725列車(平恒ー臼井) 1988/6/12

[失われた鉄道]