失われた鉄道 片上鉄道/最後の春 1991/3/16-17



春の陽射しを受けてたたづむ天瀬駅 1991/3/17 CanonT90/28mm
同和鉱業片上鉄道の片上ー和気間が開通したのは、大正12年(1923)であり、柵原まで開通したのは昭和6年(1931)であった。柵原鉱業所で産出される硫化鉄鉱は、当時は川舟(高瀬舟)で吉井川を下り、天瀬で陸揚げし人車軌道で国鉄和気まで輸送していた。

当初は蒸気機関車が牽引していたが、昭和40年(1965)よりディ−ゼル化に着手し、昭和43年に蒸気機関車は廃止された。

片上鉄道(33.8km・17駅)が廃止されたのは1991年7月1日だった。鉱石輸送を目的に敷設された鉄道であったが、沿線住民の貴重な交通手段でもあった。輸送手段がマイカーやトラックへ転換される中で、経営効率が悪化し廃止を余儀なくされた。

1991年3月16日、訪れた日には季節はずれの雪が降ったが、翌17日は春らしい陽光が降り注いだ。この2日間は忘れられない日となったが、ここに片上鉄道最後の春をしのんでみたいと思う。

このページは片上鉄道をこよなく愛し、1997年に若くしてこの世を去った日本ナショナルトラスト会員の黄葆生氏に捧げたいと思う。彼はわたしの良き理解者だった。

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なごりを惜しむかのように雪が降る。備前矢田付近
1991/3/16 Pentax67/165mm
1991年・JTB時刻表フォトコンテスト入賞作品

 
柵原に近づくにつれ雪は深さを増していた。吉ケ原−美作飯岡 1991/3/16 Pentax67/165mm


美作飯岡駅。「みまさかゆうか」と読む。 1991/3/16 Pentax67/165mm


苦木から大芦高原への道から吉井川沿いの線路を俯瞰。中央の赤い建物は日本弁柄の工場。備前矢田−苦木 1991/3/16 Pentax67/165mm


中世の天神山城跡の麓に掘られた短いトンネルを二つくぐる。河本−天瀬 1991/3/16 Pentax67/165mm


夕暮れの苦木駅、ローカル線の香り漂う鉄道情景。 1991/3/16 Pentax67/105mm


天神山トンネルをぬける。河本−天瀬 1991/3/16 CanonT90/300mm


山間を行く。天原−天瀬 1991/3/16 CanonT90/300mm


朝の和気行き客車列車は苦木駅を7時26分に発車する。 1991/3/17 Pentax67/165mm
客車列車は、朝夕一往復のみ運転されていた。


広々とした田園の中を単行の気動車が行く。中山ー清水 1991/3/17 Pentax67/165mm


夕暮れ間近かの片上車庫。キハ312とDD13−551 1991/3/17 CanonT90/135mm


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