失われた鉄道

大分交通は、別大線、豊州線、国東線、宇佐参宮線、耶馬溪線を有し、大分県を代表する私鉄であった。車両もバラエティーに富んでいたという。

他のローカル私鉄がたどったように、大分交通もモータリゼーションの波をかぶり、1960年代に耶馬溪線以外の各線は廃止に追い込まれた。

最後まで残った耶馬溪線も、1972年に野路〜守実間が廃止され、中津から野路までの約10kmを残すのみとなっていた

大分交通耶馬溪線
大分最後の私鉄軌道

 1975年当時、大分交通耶馬溪線は4両のキハ600形気動車によって
  運行されていた。耶馬溪線廃止の報を受け耶馬溪線をたずねたのは、19
 75年9月24日のことであった。

 そして、6日後の9月30日、耶馬溪線は62年間の歴史の幕を閉じた。

       

高架になったJR中津駅の下に耶馬渓線の中津駅があった。



中津駅のすぐ東に、大分交通の車庫があった。
庫の外には102号かわせみ、庫の中には603号かじかと604号。この日は601号やまびこが運用についていた。


大貞公園駅に中津行きの601号やまびこが到着する。ホームには、さようならのプレート。


大貞公園駅を発車する野路行き。右手に見えるのが駅舎であるが、なぜか駅舎をしっかり入れて撮影した写真が1枚もない。
当時は、駅舎にあまり関心がなかったのかもしれない。


野路駅付近。高い位置から撮りたかったが、いい場所が見つからなかった。


終着駅・野路。この時点では、中津、大貞公園、諌山、真坂、野路の5駅のみだった。  関連ページ 耶馬渓鉄道廃線跡 野路〜洞門 羅漢寺〜冠石野


あれから40年、野路駅ホームの松の木は今でもあるだろうか。





廃止6日前、別れを惜しむ人たちで混雑していた。