磨崖仏の魅力

大分県別府市赤松/大正12年(1923) 2013/2/1 K10D
東別府駅内の掲示物でその存在を知りたずねた。東別府駅付近から県道51号線を南へ2kmほど。観音寺入口左手に安国寺跡への石段がある。

安国寺跡磨崖仏

  

赤松村安国寺跡の磨崖仏

磨崖仏は観音寺参道脇に一体、安国寺周辺に五体、計六体あり次の銘が刻されている。

「大正十二年三月六日安国寺○会渡辺淳教シナ」また、安国寺参道脇の「天皇陛下聖寿無窮」の塔の裏には「当山労働創立者 境内土地一万坪提供 二反九玖八拾二歩 同ヨシエ 同スカ 淳教の弟妹」。

当磨崖仏は四国の石工により彫刻されたと伝えられている。向かって右手は恵比寿大黒像、左手は便所の神像といわれる。

住職渡辺淳教は自ら寺を建立し、国と国民の安寧を願って石に彫刻を施し、最後の磨崖仏に刻印して一年後に遷化したと思われる。

寺は、その後海の見える場所に移設し、寺名を観音寺と改め現在に至っている。


〜恵比寿像そばの説明板より引用
    
    

恵比寿の磨崖仏ははじめて見る。左上後方に小さな大黒像が見えている。
   

横から見た恵比寿像。

便所を清める烏枢瑟摩明王(うすさまみょうおう)だろうか。

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