磨崖仏の魅力

福岡県東峰村は、旧小石原村と旧宝珠山村が合併して発足した自治体で、福岡県中央部の東端に位置し、大分県日田市と隣接している。東の英彦山・求菩堤山地と西の古処山・宝満山地との結節点にあたる中山間地域で、ここに磨崖仏が残っているという。

東峰村の磨崖仏


■次郎坊太郎坊磨崖仏 東峰村大字福井/正和年間(1312-1317)/福岡県指定史跡  2015/4/28 K-7
日田彦山線宝珠山駅の北西約700m、線路の西側の村道沿いにある。
村道から3mくらいの高さで、岩をくりぬいた中に像が彫られているので見えにくい。

磨崖仏の下にある東峰村観光史跡ガイド看板には次のように書かれている。

次郎坊太郎坊は、悲しい伝説をともなった鎌倉時代末頃の崖に彫られた仏像群・磨崖仏です。

間口1.2m奥行き0.3mの穴の中に高さ0.25mほどの大日如来・
釈迦如来・阿弥陀如来・普賢菩薩などの7体の尊像が彫刻されています。

伝説では、鎌倉時代正和年間のこと、父の仇を捜す山伏刀鍛冶の岩下金剛兵衛一派の太郎・次郎の兄弟が、福井村に来て刀鍛冶に励んでいました。そこで敵と遭遇し敵討ちを挑み、返り討ちにあい殺されてしまいました。

その子孫が供養のためにこの磨崖仏を彫ったと言われています。

昭和49年の道路改修で刀剣や石灯籠の残片などが出土し、山伏たちの修行場の一つで
あったことが伺えます。

■小松の磨崖不動明王 東峰村大字福井/正和年間(1312-1317)  2015/4/28 K-7
次郎坊太郎坊磨崖仏から村道を南下すると、西側の少し高い位置にお堂があり、さらに上に極彩色に塗られた不動明王が見える。


東峰村観光史跡ガイド看板には次のように書かれている。

この不動明王像は、高さ1.8m・幅1.2mの大きなものです。
この北方にある次郎坊太郎坊の磨崖仏を彫ったのと同じ、山伏刀鍛冶の岩下金剛兵衛が、鎌倉時代正和年間に彫ったものとも伝えられています。
柱穴の跡などがあり、かつて磨崖仏を覆う堂社があったことが伺えます。

不動明王は、宇宙の根本仏である大日如来の化身とされ、修験道の主要な崇拝対象で、ここも山伏達の修行場の一つであったものと思われます。
現在は、この不動明王像に祈ったところ、難病が治ったとのことで、杷木町・日田市などからの熱心な参拝客が絶えません。

磨崖仏の魅力|次へ|