磨崖仏の魅力

大分市太田鶴迫/市指定/桃山時代末期〜江戸時代、完成が宝暦年間(1760-63)>  2015/7/29 EOS 5D
ネットで三つの記事を参照したが場所が分からず、そのうちの一つは明らかに場所が間違っていた。
国土地理院地形図の鶴迫と書かれたあたりで出会った人に聞き、ようやくたどり着けた。

鶴迫磨崖仏


国道442号線から西へ分岐した県道412号線を1.5kmほど進むと、Ωカーブがある。カーブにさしかかる手前に北へ分岐した道がある。
坂道を徒歩で5分ほど下ったところが鶴迫の集落で、道沿いにある民家の3軒目と4軒目の間の路地をぬけ左に進めばすぐにお堂が見えてくる。
ネットでは太田磨崖仏となっていたが、路傍にあった大分市教育委員会の真新しい説明板の表記にしたがい鶴迫磨崖仏とした。
なお、お堂の説明板は太田磨崖地蔵(火防ひぶせ地蔵)となっていた。


集落への入口を県道の西から見る。左手の坂道を下る。


家人がいる場合は断ってから路地を通っていただきたい。


凝灰岩の崖に造られた横幅3.8mの龕の中に、7体の地蔵菩薩が彫られている。
中央とその左右の3体が桃山時代末期から江戸時代初期の作で、残りの4体は宝暦年間(1760-63)の作とされている。



左側の3地蔵。左に宝暦という文字が読み取れる。


右側の3地蔵。

お堂の中にあるため、崖からの湿気がこもるのであろう、
緑色の苔におおわれている。


磨崖仏はこのお堂の中にある。
ここは光照院地福寺という寺跡だそうだ。

この地は戦国時代から幾度となく戦火に見舞われ、
鎮魂と防火のために地蔵を刻んで祀ったところ、
火災がなくなったという。


近くで見かけた青面金剛。

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