万葉の旅

安積香山あさかやま

09/4/17
K10D


積香山
あさかやま 影さへ見ゆる の 浅き心を 我が思はなくに
安積山の影が映って見える山の井のように、浅い心で君にお仕えしているのではありません。
右の歌は、伝へて云はく、「葛城王、陸奥の国に遣はさえける時に、国司の祇承、緩怠にあること異にはなはだし。時に、王の意悦びずして、怒りの色面に顕れぬ。飲饌を設くといへども、あへて宴楽せず。ここに前の采女あり。風流の娘子なり。左手に觴を捧げ、右手に水を持ち、王の膝を撃ちて、この歌を詠む。すなわち、王の意解け悦びて、楽飲すること終日なり」といふ。
巻16−3807
葛城王が陸奥国に下ったとき、国司のもてなしに不満をいだいて怒ったが、一人の娘が王の膝を軽くたたいてこの歌を詠んだところ、王は大いに喜んで終日宴を楽しんだという。
  
日和田町の安積山公園と万葉歌碑。


安積采女の由来

今からおよそ千余年前、奈良の都から葛城王という方が、地方の政情視察、監督のため、陸奥の国安積の里と呼ばれたこの地に着き、村里の状況を視察されました。里人は王の気嫌を損じてはならないと懸命にもてなしましたが、ますます機嫌が悪くなるばかり、そこで国司は美人で評判の春姫を召し出しました。春姫は心から王をもてなし、王の前に杯を捧げ「安積山 影さえ見ゆる 山の井の 浅き心を 我が思わなくに」(万葉集)の歌一首き献じました。和歌にすぐれた王はことのほか喜ばれ、春姫を帝の”采女”として召し出すよう申し渡しました。このため里を離れることになった春姫は、悲嘆にくれましたが、里人の窮状を救うためとあきらめ、王とともに都にのぼりました。ある日、猿沢の池のほとりで月見の宴が聞かれたとき、なつかしい里への思いがつのり、春姫は宴席を離れ、柳の木に衣を着せかけ、池に身を投げたように見せかけて、一路安積の里をめざし逃げ帰りました。ようやくの思いで里にたどり着いた春姫は、都からの後難を恐れた里人の冷やかなまなざしと、困惑した顔に生きる望みも失い、山の井の清水に身を投げこの世を果てたという。これが伝説のあらましである。
〜山の井公園、郡山市観光協会の説明板より引用
  
もう一つの安積香山、郡山市片平町・山の井公園の万葉歌碑と山の井の清水。
                        
山の井公園の近くにある葛城王と安積采女を祀る王宮伊豆神社に「葛城王祠」碑がある。