万葉の旅

蘆城

07.8.16
*istDS2


吉木小学校運動場の南にある小公園の「をみなえし〜」の万葉歌碑。
大宰府政庁から東南へ約4km、筑紫野市阿志岐あしきには古代には蘆城駅家あしきのうまやという宿駅があった。
ここから米ノ山峠を越えて北へ、香春を経由して豊前海へ田河道という大宰府官道が通じていた。
ここ吉木は、古代蘆城野の北辺にある。


吉木小学校運動場の南の歌碑。
をみなへし 萩交る 蘆城 今日を始めて 万代に見む
巻8−1530
女郎花と秋萩が入り混じって咲く蘆城野を、今日をはじめとして
いつまでも見ていたい。
大宰府に着任した官人が蘆城野を褒め称えた歌。                 


吉木小学校の東、御笠消防分団前の歌碑。

の 衣染
むといふ の 心にみて 思ほゆるかも
巻4−569

韓人が染める紫のように、心にしみ込んで、
あなたのことが思われてなりません。

天平2年(730)、大伴旅人が帰京するときに官人の詠んだ歌。              


阿志岐の大宮司橋近くの歌碑。
くしげ 蘆城の川を 今日見ては 万代までに 忘れえめやも
巻8−1531
これも大宰府の官人が蘆城野を褒め称えた歌。
蘆城野が大和の山野によく似ていたのではないだろうか。


現在の蘆城野。後方には宝満山。

月夜
つくよ
よし 川の清し いざここに 行くも行かぬも 遊びて行かむ
巻4−571

これも大伴旅人への送別の歌である。
六本松バス停付近に歌碑があるはずだが、見つけられなかった。