万葉の旅

飛鳥路の歌碑

2010/3/24-25
PENTAX K-7
                                                

大津皇子、被死らしめらゆる時、
磐余の池の堤にして涙を流して作りましし御歌一首
ももづたふ 磐余いはれの池に 鳴く鴨を
今日のみ見てや 雲隠がくりなむ

大津皇子 巻3−416

磐余の池に鳴いている鴨を、今日を限りと見て、
わたしは死んでゆくのか。


橿原市東池尻町の御厨子観音の東に
田んぼが広がるあたりに磐余の池があった。
大津皇子は謀反の罪で捕らえられ処刑された。
24歳だった。

このあたりは、神話の時代の古代大和朝廷の
拠点となっていた場所とされている。

                                  

橿原市木之本町の畝傍都多本(うねおのつたもと)神社参道入口と歌碑。
哭沢なききはの 神社に神酒みわ据ゑ 祈れども 我が大君は 高日たかひ知らしぬ
檜隈女王 巻2−202
哭沢の神社に神酒を供えて皇子がこの世に止まれるように祈ったけれども、皇子は天に昇ってしまった。
哭沢の神社は畝傍都多本神社のこと。高市皇子の死を悼んだ歌とされている。
                                      

飛鳥坐神社前の飛鳥集落の町並みと神社横の歌碑。歌碑は犬養孝先生の揮毫。
壬申の年の乱、平定たひらぎし以後のちの歌
大君は 神にしませば 赤駒の 腹這ふ田居
たいを 都と成しつ

大伴連御行 巻19−4260
天皇は神でいらっしゃるので、栗毛の馬が腹まで浸かって耕作する田んぼでも都とされた。
壬申の乱(672)平定後、天武天皇が飛鳥浄御原宮を築いたことを讃えた歌。
                                  
飛鳥坐神社から東へ300mくらい進むと小原の集
落である。右手の森は藤原鎌足の母・大伴夫人の
墓で、その少し先の左手の大原神社は、鎌足の生
誕地跡とされている。
神社前に、犬養孝先生揮毫の歌碑がある。


我が里に 大雪降れり
大原の 古
りにし里に 降らまくは後
天武天皇 巻2−103
私の里には大雪が降った。あなたの住む大原
の古びた里に降るのはずっと後のことだろうね。

我が岡の おかみに言ひて 降らしめし
雪のくだけし そこに散りけむ

藤原夫人 巻2−104
私の岡の竜神に言って降らせた雪の
砕けたかけらが、そこに散っただけなんでしょう。

藤原夫人は鎌足の娘である五百重娘(いおえの
おとめ)である。
ここは、藤原夫人の実家があった所。
                                             

樫丘から見た飛鳥の集落。左手の森は飛鳥坐神社。

樫丘の中腹にある犬養孝先生揮毫第1号の歌碑。

明日香宮より 藤原宮に遷居うつりし後に、 志貴皇子の作りませる御歌
采女
うねめの 袖吹きかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く
志貴皇子 巻1−51
女官たちの袖を吹き返していた明日香風は、都が遠のいたのでむなしく吹いているでしょう。
明日香村飛鳥を中心とした一帯は、舒明、皇極、斉明、天武、持統の諸天皇の宮があり、約100年間、政治・文化の中心だった。
この歌は、持統8年(694)の藤原京への遷都後に、明日香の荒れたさまを見て詠まれたものである。
                                               

大君は 神にしませば
天雲の 雷の上に 廬らせるかも

柿本人麻呂 巻3−235
わが大君は神でいらっしゃるので、
天雲の雷の上に廬りしていらっしゃる。
雷丘の北東、県道沿い。犬養孝先生の揮毫。

我がやどの 蒔きしなでしこ
いつしかも 花に咲きなむ なそへつつ見む

大伴家持 巻8−1448
わが家の庭に蒔いたなでしこは、いつになったら花が咲く
ことだろうか。そしたらあなたと見なして眺めよう。
明日香川にかかる雷橋から上流へ150mほどのところ。
                                   

世の中の  繁き仮盧かりほに  住み住みて
至らむ国の  たづき知らずも
巻16−3850
世の中という煩わしいことだらけの仮りの宿りに
住み続けて、至り着こうと願う浄土への目当ても
まだ分らないままだ。

川原寺跡前道路沿い。橘寺参道入口の地蔵横。
犬養孝先生揮毫。

                                   
御食みけ向ふ 南淵山の 巌には
降りしはだれか 消え残りたる

柿本人麻呂 巻9−1709
南淵山の岩肌には降り積もった雪が
まだ消えずに残っているだろう。

石舞台古墳の売店横にある。
                                    
明日香の旅で、ぜひ立ち寄りたかった犬養万葉記念館。
2階建ての古民家を改築したもので、「万葉は青春のいのち」という犬養孝先生の言葉をシンボルとして、先生の足跡、万葉仮名の歌の書、
歌碑の拓本などが展示されている。庭には先生揮毫の歌碑がある。
高市皇子が急死した十市皇女に捧げた挽歌3首のうちの1首。

山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく
高市皇子 巻2−158 
山吹が美しく咲いている山の清水を汲みに行こうと思うけれど、道が分からない。
                                        
弓削皇子(ゆげのみこ)に獻る歌一首
御食みけ向ふ 南淵山の 巌いはほには
降りしはだれか 消え残りたる

柿本人麻呂 巻9−1709
南淵山の大岩には降った雪がまだらに残っている。

阪田寺跡にある。
2013/11/13 PENTAX K-7
                                      
佐檜の隈さひのくま 檜の隈川の 瀬を早み
君が手取らば 言寄せむかも

巻7−1109
桧隈川の瀬が早くて流されそうだから、あなたの手を取って瀬を渡ったたら、うわさになるだろうか。

欽明天皇陵南の遊歩道沿いにある。
犬養孝先生の揮毫。

2013/11/13 PENTAX K-7
                                           
立ちて思ひ 居てもそ思ふ
紅の 赤裳裾引き いにし姿を
巻11−2550
立っていても思い出され座っていても思い出される。
赤い裳裾を引いて帰っていった人の姿が。


高松塚古墳前の小丘にある。
2013/11/13 PENTAX K-7
                                  
大口の 真神まかみの原に 降る雪は
いたくな降りそ 家もあらなくに
舎人娘子 巻8−163
真神の原に降る雪はひどく降らないでおくれ、
家もないのだから。


今は廃館となっている明日香民俗資料館の前庭にある。万葉文化館の駐車場からが分かりやすい。
犬養孝先生の揮毫。
2013/11/13 PENTAX K-7


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