万葉の旅

千曲川

2010/11/6
K-7、EOS 5D

唐衣 裾に取り付き 泣く子らを 置きてぞ来のや 母なしにして

信濃国防人部領使国造小県郡他田舎人大島 巻20−4401

唐衣の裾に取り縋って泣く子らを置き去りして来てしまった。母親もいないままに。
防人部領使(防人を引率する役人)の大島が、母のない子を置いて西国へ旅立つ父親の心情を綴ったものである。

                                                          

上田市上塩尻神社社殿左手の祠の中に歌碑がある。
江戸時代の建立で、万葉仮名の小さな文字で刻まれている。

神社の入口。何も標識がなく分かりにくかった。
位置的には、東福寺のすぐ西側にある。

上塩尻は、江戸時代から養蚕の盛んなところで、往時をしのばせる白壁の町並みが残っていて、芭蕉句碑もある。
                                 

座摩神社の紅葉と黄葉がきれいだった。


道祖神と並び立つ座摩神社の安永六年(1777)建立の芭蕉句碑。
←裏に句が刻まれている。 
雪ちるや 穂屋の薄の 刈残し
                                     
ちはやぶる 神のみ坂に 幣奉りぬさまつりいはふ命は 母父がため
神人部子忍男 巻20−4402

荒ぶる神が居られる峠道に幣をささげてわが命の無事を祈るのは、国にいる母と父のためだ。
歌を詠んだのは信濃の郡役人であるが、この峠は信濃から美濃への御坂峠と考えられている。

坂城町鼠宿、ここは北国街道鼠宿があったところ。会地早雄(おうちはやお)神社に天保年間に建立された万葉仮名の歌碑がある。
                               
信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾はむ
巻14−3400
信濃の千曲川の小石も、あの方が踏んだのなら、玉と思って拾いましょう。
千曲市の千曲川にかかる万葉橋を渡ったすぐ右手に、佐々木信綱氏揮毫による昭和25年(1950)建立の万葉歌碑がある。

「信濃なる千曲の川の」の歌碑。

万葉橋付近の千曲川の流れ。
                                          
万葉橋を渡った左手には万葉公園があり、万葉歌碑や牧水歌碑などが並んでいる。
中麻奈に 浮き居る舟の 漕ぎ出なば
逢ふことかたし 今日にしあらずは

巻14ー3401
あの岸辺に浮いている舟が漕ぎ出したら
二度とあの方にお逢いできないから、今日だけでもお逢いしなくては。

犬養孝先生揮毫の歌碑。
万葉仮名と並列に刻まれている。

久米禅師、石川郎女を娉ふ時の歌

み薦刈る 信濃の真弓 我が引かば
貴人さびて いなと言はむかも  
巻2−96
信濃の真弓を引くように私があなたの心を引いたならば、
高貴な人らしくていやだとおっしゃるでしょうか。

み薦刈る 信濃の真弓 引かずして
弦はくるわざを 知ると言はなくに
  
巻2−97
信濃の真弓を引きもしないで
弦をかけるすべを知っているとは言わないものですが。
 

信濃道は 今の墾り道 刈りばねに
足踏ましむな 沓はけ我が背

巻14−3399
信濃路は新しく切り開らかれたばかりの道。
切り株に足を踏んだりしませんように、沓をおはきなさい。

 


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