万葉の旅

引間野ひくまの安礼あれの崎

2012/10/13
K20D、K-7


二年壬寅(大宝2年、702年)に、太上天皇(持統天皇)、三河の国に幸(いでま)す時の歌

引馬野に にほふ榛原(はりはら) 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに 巻1−57

右の一首は長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)
引馬野に色づいている榛原(ハンの木の林)に分け入って、衣に色をうつしなさい、旅のしるしに。 


引馬野は豊川市御津町御馬あたりではないかとされていて、御馬には
引馬神社がある。



境内にある斉藤茂吉の「引馬野 安礼の崎」の碑。


境内にある引馬野と阿礼の崎の万葉歌碑。


二年壬寅に、太上天皇、三河の国に幸す時の歌

いづくにか 舟泊(は)てすらむ 安礼の崎 漕ぎ廻(た)み行きし 棚なし小舟  巻1−58

右の一首は高市連黒人
いずこへ停泊したのだろうか、安礼の崎を漕ぎ廻って行った棚なし小舟は。

57番と同じときに詠まれたものである。
安礼の崎は引馬野のすぐ近くであろうということから、引間神社の東を流れる音羽川河口付近という説がある。



安礼の崎を蒲郡市御前崎とする説や浜名湖付近とする説もある。御前崎の稲村神社前には58番の歌碑がある。
稲村神社近くからは安礼の崎とされている海が見える。三河湾、その向こうに渥美半島。
ここは「朝日輝く丘」と名付けられている。日の出がきれいだろう。