万葉の旅

平敷の石

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PENTAX K-x

万葉集
巻5−813と814では、神宮皇后の鎮懐石の序文につづいて山上憶良作の長歌と短歌が掲載されている。
詳しくは万葉の旅/子負の原を参照。
 
かけまくは あやにかしこし 足日女たらしひめ 神のみこと 韓国からくにを らげて 御心みこころを めたまふと 
い取らして 
いはひたまひし 真玉なす 二つの石を 世の人に 示したまひて 万代よろずよ 言ひ継ぐがねと 
わたの底 深江の 海上うなかみの 子負 御手みてづから 置かしたまひて かむながら  さびいます
御魂みたま 今のをつつに きろかむ 巻5−813

あめつちの ともに久しく 言ひ継げと この御魂 かしけらしも  巻5−814

序文には
「この二つの石は肥前ひのみちのくにの国彼杵郡平敷の石なり、うらに当りて取る」と書かれている。
平敷
は長崎市浦上の地であるとされ、ここは1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾が投下された地点である。
鎮懐石と歌碑は、長崎大学医学部正門左手の少し高くなった一角の植栽の中にある。
歌碑は文久元年(1861)の建立であるから原爆を受けたであろうが、はっきりと文字を読み取ることができる。
入口付近には真新しい原爆の碑があり金色で文字が刻まれていた。
この丘この町にて昭和二十年(一九四五)八月九日原子爆弾により被災された方々の霊よ安らかに在られんことを
                                                                

左手の原爆の碑の後ろと右手に鎮懐石が2基ある。

鎮懐石を祀る祠と歌碑。
                                                                

左の鎮懐石。

右の鎮懐石。

万葉歌碑(表)

万葉歌碑(裏)