万葉の旅

嘉摩

07.8.16
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嘉摩郡役所跡近くにある金丸邸内の鴨生憶良苑。苑の名は、万葉学者犬養孝先生の命名。

山上憶良は、神亀3年(726)から天平3年(731)までの6年間、筑前国守を務めた。
神亀5年(728)7月21日、巡察のために嘉摩郡役所に立ち寄った時に、嘉摩三部作として知られている歌を詠んだ。

鴨生公園の嘉摩三部作の歌碑。
或情まどえるこころを反かえしむる歌
ひさかたの 天路あまぢは遠し なほなほに
家に帰りて 業
なりを為まさに 巻5−801

空へ昇る道は遠い、素直に家に帰って仕事をしなさい。

子等を思う歌
しろがねも 金くがねも玉も 何せむに
勝れる宝 子に及
かめやも 巻5−803

銀も金も玉も何になるというのか、
そんな勝れた宝でさえ、子どもに及ぶものがあろうか。


世間よのなかの住とどみ難きを哀しぶる歌
常磐なす 斯くしもがもと 念おもへども
世の事なれば 留
とどみかねつも 巻5−805
岩のように不変でありたいと思うけれど、
老いや死は人の世の定めであるから、
食い止めることはできない。
                                            

シルバーケア嘉穂の玄関前にある歌碑。
左が「銀も〜」、右が「常磐なす〜」、2004年に設置されたそうだ。

シルバーケア嘉穂の裏にある「ひさかたの〜」の歌碑。
玄関前の歌碑を撮っていたら、この歌碑へ案内していただいた。


嘉摩郡役所跡の「銀も〜」の歌碑。
同じ歌の歌碑が稲築公園にもある。
         


憶良苑の2首の歌が刻まれた歌碑。

         
秋の野の花を詠める歌二首

秋の野に 咲きたる花を 指
および折り
かき数ふれば 七種の花
巻8−1537
秋の野に咲いている花を指折って数えて
みると、七種類の花がある。


萩の花 尾花葛花 なでしこの花
をみなへし また藤袴 朝顔の花
巻8−1538


2首セットでひとつの歌を構成している。
2首目は五七五になっていない。
憶良苑のそのほかの歌碑。    

我が主の 御霊賜ひて 春さらば 奈良の都に
召上
めさげたまはね 巻5−882

牽牛
ひこぼしの 嬬つま迎へ船 漕ぎ出らし
天の川原
かはらに 霧の立てるは 巻8−1527

世間よのなかを 憂しとやさしと 思へども
飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
巻5−893

鴨生公園の山上憶良モニュメントと歌碑。



憶良等は 今は罷まからむ 子泣くらむ
その彼の母も 吾
を待つらむぞ
巻3−337

春されば まづ咲く宿の 梅の花
独り見つつや 春日暮さむ
巻5−818

 


万葉仮名で刻まれた「憶良等は〜」の歌碑。

万葉仮名で刻まれた「春されば〜」の歌碑。