万葉の旅

鴨山斉藤茂吉説

09/6/8
K10D
        
鴨山の 岩根ける 我れをかも  知らにと妹が 待ちつつあるらむ
柿本人麻呂  巻2−223
鴨山の岩根を枕にふせっている私のことを妻は知らないで、私の帰りを待っているのであろうか。

柿本人麻呂が石見国の鴨山で亡くなる時に詠んだ辞世の歌とされている。
鴨山は、益田市沖の鴨島とする説など数ヶ所あるが、斉藤茂吉は湯抱温泉付近の鴨山を人麻呂終焉の地とした。
茂吉は、交通不便な時代に、鴨山を探して7度、石見をたずね、昭和12年に鴨山を発見したとされている。
そのときの喜びを歌に詠んでいるが、歌碑が湯抱温泉の鴨山公園にある。
人麿が つひのいのを 終わりたる 鴨山をしも 此處と定めむ
            

温泉橋のたもとにある「鴨山 柿本人麻呂終焉地」の碑。

鴨山公園の斉藤茂吉歌碑。

湯抱温泉は国道375号線から湯抱川沿いを500mほど北へ行ったところにある。
国道からの入口付近には斉藤茂吉鴨山記念館があり、茂吉の歌碑がある。

夢のごとき 「鴨山」恋ひて われは来ぬ 誰も見しらぬ その「鴨山」を
         

斉藤茂吉鴨山記念館。

途中の道沿いにも、茂吉が湯抱で呼んだ歌碑がある。
          

湯抱温泉。右手が茂吉が泊まった青山旅館。

温泉橋のたもとの茂吉の小さな歌碑。
          

薬師堂。

鴨山公園から見た鴨山(標高317m)。