万葉の旅

辛荷の島

07.12.3
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金ヶ崎から辛荷の島(=唐荷島)を見る。左から、地ノ唐荷島、中ノ唐荷島、沖ノ唐荷島の三つの島から成る。
                                

金ヶ崎の椿園に山部赤人の歌碑がある。
の島を過ぐる時に山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が作る
歌一首并
あわせて短歌

あぢさはふ 目離めかれて 敷栲しきたへの 枕もまかず
桜皮
かには巻き 作れる船に 真楫まかぢき 我がれば
淡路
の 野島も過ぎ 印南
いなみ都麻つま 辛荷の島の
島の
ゆ 我家わぎへを見れば 青山の そことも見えず
白雲
 千重
ちへになりぬ ぎたむる 浦のことごと 行き隠る
島の々 も置かず 思ひぞ我が
  旅の

巻6−942

反歌三首

刈る 辛荷の島に 島廻する
にしもあれや 家思はずあらむ
 巻6−943

がくり 我がれば ともしかも
大和
のぼる ま熊野の船 巻6−944

風吹けば 波か立たむと さもらひに
都太
つだ細江に 浦隠がく 巻6−945

室津の藻振鼻にある歌碑。後方に辛荷の島が見える。
巻6−943の歌が万葉仮名で刻まれている。


玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流
水烏二四毛有哉 家不念有六

玉藻を刈る辛荷の島に餌をあさっている鵜ではないので、
家のことを思わない訳にはゆかない。