万葉の旅

子負の原

08/5/21
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福岡県二丈町深江子負ヶ原に鎮懐石八幡宮がある。
神功皇后が朝鮮半島に出兵する際に臨月であったため、出産を遅らせるために腰に石を付けていた。
神功皇后は無事に出産できたことに感謝して、丘の上にこの石をおさめた。
後に村人が鎮懐石を守るために建立したのが鎮懐石八幡宮である。この石は江戸期に紛失して今はない。
山上憶良が鎮懐石を詠んだ歌碑が神社の入口にある。
安政6年(1858)に建立された九州最古の万葉歌碑。


筑前つくしみちのくちの国怡土いとこほり深江村子負に、海に臨めるに二つの石あり。大きなるは、たけ一尺二寸六分、かくみ一尺八寸六分、重さ十八さきは、一尺一寸、囲み一尺八寸、重さ十六斤十両。ともに楕円まろく、かたち鶏子とりのこのごとし。そのうるしきこと、げてふべからず。いはゆる径尺けいせきたまこれなり。

或いは「この二つの石は肥前
ひのみちのくにの国彼杵郡平敷の石なり、うらに当りて取る」といふ。深江駅家うまやを去ること二十里ばかり、路のほとりに近くあり。公私の往来に、馬より下りてはいせずといふことなし。

古老相伝へて、「往者
いにしへ息長足日女命おきながたらしひめのみこと新羅の国を征討せいとうしたまふ時に、このふたつの石をもちて、御袖みそでうち挿著さしはさ鎮懐しずめしたまふ。まことには御裳みもの中なり。このゆゑに行人この石を敬拝けいはいす」といふ。すなはち歌を作りてはく、

かけまくは あやにかしこし 足日女たらしひめ 神のみこと 
韓国
からくにを らげて 御心みこころを めたまふと 
い取らして 
いはひたまひし 真玉なす 二つの石を
世の人に 示したまひて 万代
よろずよ 言ひ継ぐがねと 
わたの底 深江の 海上うなかみの 子負
御手
みてづから 置かしたまひて かむながら  さびいます
御魂みたま 今のをつつに きろかむ 巻5−813

あめつちの ともに久しく 言ひ継げと この御魂
かしけらしも  巻5−814

右の事、伝へ言ふは、那珂郡伊知さと蓑島の人建部牛麻呂たけべのうしまろなり
 
                    


鎮懐石八幡宮。


鎮懐石八幡宮前から姫島を見る。


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