万葉の旅

倉無の浜

07.11.15
*istDS

吾妹子が 赤裳
づちて 植えし田を
刈りて収めむ 倉無の浜

巻9−1710
いとしい人の赤い裳すそが濡れるほどに、田に植えた
稲を刈って、収めようにも収めきれない倉無の浜よ。

この歌には、「貧しくて収める倉がない」という解釈
と、「収めようとしても収めきれる倉がない」という
解釈があるが、「倉がない」ということを倉無の浜に
かけて詠んだものである。


闇無浜神社の万葉歌碑。

倉無の浜がどこなのかは定かではないが、中津市の闇無くらなしの浜で
はないかとされている。中津市の福沢諭吉旧居の500mほど北に
闇無浜神社があり、埋め立てられる前はこの神社は海に面していた。



江戸時代の地図には闇無浜神社と松が描かれている。
神社近くには御用船の係留港があり、ここから参勤交代の船が出て
いた。現在は、神社から海岸まで600mほど離れている。


闇無浜神社境内には松の古木があり、かつてここが海岸線で
あったことを偲ばせる。