万葉の旅 三保の浦 2013/4/5 K20 EOS 7D 

          
田口益人大夫、上野の国司に任けらゆる時に、駿河の清見の崎に至りて作る歌二首

廬原いほはらの  清見の崎の 三保の浦の
ゆたけき見つつ もの思ひもなし
  巻3−296

 廬原の清見の崎と三保の浦のゆったりとした風景
 を見ていると、心に思い悩む事も無くなる。


昼見れど 飽かぬ田子の浦
大君の 命畏み 夜見つるかも
  巻3−297

 昼なら見飽きることのない田子の浦だが、天皇の
 命令を畏れ慎んでの急ぎの旅なので、夜になって
 から見ることになってしまった。




              静岡市清水区清見寺前の
              清見潟公園にある296番歌碑→

 
 


三保の松原越しに海を見る。ここが三保の浦であろうか。
右端が羽衣の松。根元にもう一つの三保の浦の歌の碑があるが、何とも味気ないステンレス製。

風早の 三保の浦みを 漕ぐ舟の 舟人騒ぐ  波立つらしも  巻7−1228
風早の三保の浦あたりを漕いでいる舟、その舟人たちが騒いでいる。波が立ち始めたらしい。

この歌の三保の浦は和歌山県美浜町の「三穂の浦」ともされていて、その歌碑のプレートが海に立つ大岩に貼られている。


日本平の展望台から三保の浦を展望する。市街地の向こうが清水港、その先が三保半島で緑の帯が三保の松原。

静岡市清水区には、この地出身の防人が詠んだ歌の碑がある。
          

市立第3中学校前庭の4336番歌碑。
父母が 頭掻き撫で
幸くあれて 言ひし言葉
けとば
忘れかねつる

巻20−4336

父と母が私の頭を掻き撫でて、
達者でいろよと言った言葉が忘れられない。





 

           


日本平山頂駐車場近くの4337番歌碑。
水鳥の 立ちの急ぎに
父母に 物言
いわず来にて
今ぞ悔しき

巻20−4337

水鳥が飛び立つようにあわただしく出発したので、
父母に物も言わずに来てしまったが、今となっては
残念である。