万葉の旅

熱田津にぎたつ

2013/9/13
EOS 5D/24-105

額田王が歌
熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな 
巻1−8
熟田津で船に乗ろうと月の出を待っていると、潮も満ちてきて、船出に具合がよくなった。さあ、今こそ漕ぎ出そう。

右は、山上億良大夫が類聚歌林に検(ただ)すに、曰はく、「飛鳥の岡本の宮に天の下知らしめす天皇の元年己丑の、九年丁酉の
十二月己巳の朔(ついたち)の壬午に、天皇・大后、伊予の湯の宮に幸(いやま)す。
後の岡本の宮に天の下知らしめす天皇の七年辛酉の春の正月丁酉の朔の壬寅に、御船西つかたに征(ゆ)き、始めて海道に就く。
庚戌に、御船伊予の熟田津の石湯(いわゆ)の行宮(かりみや)に泊つ。
天皇、昔日のなほ存(のこ)れる物を御覧(みそこなは)して、その時にたちまちに感愛(めで)の情を起したまふ。
この故によりて歌詠(みうた)を製りて哀傷(かな)しびたまふ」といふ。すなはち、この歌は天皇の御製なり。ただし、額田王が歌は別に四首あり。

熟田津は、愛媛県松山市の古三津、和気町・堀江町あたりとする説などがある。ニギタヅあるいはニキタヅと濁って訓む本もある。

 
堀江海水浴場付近の夕暮れ。この歌が詠まれたのは1300年以上前、当時は海岸線がもっと内陸にあったのではないだろいうか。 


護国神社の歌碑。正碑も大きいが副碑も大きい。

 
古三津の久枝神社歌碑。

 
松山梅田町郵便局の歌碑。


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